2011-3-11 を忘れない

南三陸町災害ボラセンは一区切りを付け、新たな段階へ。

ベイサイドアリーナの大テントを拠点に行われてきたボランティア支援活動は、かさ上げ工事に伴う大テント撤去を機会に新たな出発をします。4年にわたる全国からの支援に感謝するつどいの記事を転載します。震災当初「それでもうちのところは震災メジャーだからめぐまれている」と漏らした友人の言葉が思い起こされました。マスコミの脚光を浴びない被災地を思いやってのことでした。4年を経て、ようやく災害復興の形が少しずつ見えてきたとはいえ、住まいと生業を取り戻すという最も基本的な課題も実現には程遠く、原発災害に至っては先の見通しも立たない現実をこれからもしっかり見詰めていきたいと思います。

 

ボランティア感謝のつどい

3月15日。
『南三陸町ボランティア感謝のつどい』は大森創作太鼓の響きで幕を開けました。

「みなさん、お帰りなさい。」

およそ1,100人の招待客に向かい、佐藤町長が声を掛けます。
町総合体育館を埋め尽くす人数ですが、
これでも今までの“助っ人”たちのうち、ごく一部なのです。

震災から4年、
傷ついた町は差しのべられた無数の手の力を借りながら立ち上がってきました。
これまで南三陸町災害ボランティアセンターを通して活動された方の数は
14万3,000人を超えるそうです。
『南三陸町災害ボランティアセンター』は災害復旧の役目を終え、規模を縮小し、4月より
『南三陸町ボランティアセンター』と名称を変えて再始動します。
馴染み深い大テントは今月中に解体される予定です。

また、ボランティアセンター・観光協会・南三陸町の連携組織『南三陸応援団』を設立。
今後も町を訪れ、助けてくださる方々へ
町の魅力でお返しをするプロジェクトが始まるそうです。

未曾有の大災害が生み出した繋がりはこんなにも大きく、強く育ちました。
皆様とまたお会いできる日を楽しみにしています。

http://minamisanriku-now.blogspot.jp/2015_03_01_archive.html

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