2011-3-11 を忘れない

東京電力福島第1原発事故東電強制起訴無罪判決に各方面から批判

<虚像の「15.7m」>東電強制起訴・無罪判決(上)白紙化の夏/経営懸念 対策先送り

無罪判決を不当と訴える福島原発告訴団の支援者ら。刑事責任の所在をはっきりさせたい被災者の願いはかなわなかった=19日午後1時20分ごろ、東京地裁前

 東京電力福島第1原発事故の刑事責任を巡り、東京地裁は19日の判決で「大津波は予測できなかった」として強制起訴された旧経営陣を免責した。事故前に示されていたはずの「15.7メートル」の津波予測は虚像だったのか-。判決と公判記録を基に、津波対策を「先送り」した原発事業者の意思決定過程の核心を描く。
(福島総局・斉藤隼人、近藤遼裕、報道部・柴崎吉敬)

■研究を提案

主文が読み上げられた瞬間も微動だにしなかった。
裁判長に促されて被告席に戻る際、被告の武藤栄元副社長(69)は騒然とする傍聴席を一目見た。直前まで硬かった表情には安堵(あんど)がにじみ、余裕すら漂っていた。
「大変多くの皆さま方に多大なご迷惑を掛けました。当時の役員として改めて深くおわび申し上げます」
閉廷後間もなく武藤氏が報道各社に出した談話は、A4判用紙1枚にわずか3行。勝俣恒久元会長(79)、武黒一郎元副社長(73)の両被告も同様に「迷惑を掛けたことへのおわび」を短く表明した。
武藤氏は津波対策を検討した現場から最も頻繁に報告を受け、対策の保留を判断した「キーマン」と見られていた。
2008年6月10日、東電の津波対策担当者は「最大15.7メートル」の津波が原発を襲うとの試算を武藤氏に伝えた。従来想定の3倍近く、海抜10メートルの原発敷地が浸水する規模だった。
試算は国の地震予測が根拠となった。阪神・淡路大震災後、国は防災強化を促すため地震学の権威らの議論を基に一元的な見解を公表するようになった。
担当者は「国の機関による評価であり、取り入れるべきだと思った」と法廷で証言。現場レベルではそうした認識が共有され、防潮壁建設など対策の検討も進めていたとされる。
だが再び担当者らが一堂に会した同年7月31日、武藤氏は提案した。「研究を実施しよう」
外部機関に数年単位の検討を委ね、対策を事実上先送りした瞬間だった。国の予測に基づき津波に備える方針は同年2月、被告3人の異論なく承認されたはずだった。担当者は「予想していなかった結論で、力が抜けた」と振り返る。

■調書を一蹴

なぜ対策は実施されなかったのか。公判で、その核心が初めて明かされた。
「新潟県中越沖地震(07年)で柏崎刈羽原発が停止し、経営が悪化していた。さらに(対策の実施で)福島第1も止まるのは何とか避けたかった」
原子力設備管理部ナンバー2の元幹部は調書で、判断の背景に経営事情があったことを告白した。
しかし東京地裁は詳しい理由を示さずに調書を「疑義がある」と一蹴。予測自体も「客観的な信頼性はなかった」と結論付け、武藤氏の判断を追認した。
「想定津波高が10メートル以下だったら、(安価で済むため)国の予測を踏まえた対策を取っていただろう」。元幹部はこう述べ、後悔の念を口にしている。
被害者側の代理人の海渡雄一弁護士は判決の問題性を強く批判した。「国家機関の予測を考慮しなくていいと裁判所が言ってしまった。原発事故を許すような異常な判断だ」河北新報2019年09月21

<虚像の「15.7m」>東電強制起訴・無罪判決(下)想定外の春/軽視の試算値 実像に

東電旧経営陣に無罪が言い渡された東京地裁の法廷。3被告の主張を全面的に認める判決だった=19日午後1時10分ごろ

 東京電力福島第1原発事故の刑事責任を巡り、東京地裁は19日の判決で「大津波は予測できなかった」として強制起訴された旧経営陣を免責した。事故前に示されていたはずの「15.7メートル」の津波予測は虚像だったのか-。判決と公判記録を基に、津波対策を「先送り」した原発事業者の意思決定過程の核心を描く。
(福島総局・斉藤隼人、近藤遼裕、報道部・柴崎吉敬)

■「時間稼ぎ」

「今度は津波か」
東京電力の武黒一郎元副社長(73)が一言漏らした。部下の武藤栄元副社長(69)が2008年8月、福島第1原発を襲う津波が「最大15.7メートル」に達するとする試算と、対策保留の方針を伝えた場面だ。
勝俣恒久元会長(79)には09年2月、当時の幹部から「14メートルの津波が来ると言う人もいる」との報告があった。「15.7メートル」と条件が一部違うだけで、ともに02年に国が公表した地震予測に基づく試算。海抜10メートルの原発敷地を優に超える。
勝俣氏は後に法廷で「懐疑的に聞こえた。いずれ必要なら報告がある」と捉え、特に問題意識を持たなかったことを明かした。
3人は第1原発事故の刑事責任を問われ、業務上過失致死傷罪で強制起訴された。公判では、武藤氏が08年7月に津波対策を保留した後も現場レベルでは必要と考え、具体的に行動していた証拠が複数示された。
「津波対策は不可避」。第1原発所長ら向けの同年9月の説明会で、津波対策担当者はこう記した資料を配布した。「国の地震予測を否定するのは難しく、現状より大きな津波高を評価せざるを得ない」との理由が添えられた。
10年8月には津波対策担当者の提案で関連分野のチームが集まり、第1原発の津波対策を具体的に検討する会議を設置した。
しかし現場の危機感は経営層に共有されず、「不可避」のはずの対策は施されなかった。担当者の一人は対策を保留した判断について「時間稼ぎだったのかもしれない」と証言した。
東電は試算を約3年間伏せ続けた。原子力安全・保安院(当時)に初めて伝えたのは11年3月7日。4日後、15.5メートルの津波が原発を襲う。試算との差はわずか0.2メートル。「虚像」として軽視された試算値は、最悪の実像となった。

■被災者失望

東京地裁は19日に言い渡した判決で「事故前、原発には極めて高度の安全性は求められていなかった」と判断。「3人は責任ある立場だったが当然に刑事責任を負うわけではない」として「大津波は想定外」と強調する3人の主張を全面的に認めた。
大事故を扱う公判や津波訴訟などで通常盛り込まれる被害者感情に配慮した文言や、旧経営陣3人に対する説諭も一切聞くことはできなかった。
判決後の記者会見で、検察官役の石田省三郎弁護士は「原発は一度事故が起きれば取り返しのつかない施設。地裁の判断は本当にそれでいいのか」と非難。市民1万4716人による告訴・告発の先頭に立ってきた武藤類子さん(66)=福島県三春町=も失望を隠さなかった。
「私たちは司法に訴えるしかなかった。被害者は誰も納得できない。福島の犠牲は一体何だったのか」河北新報2019年09月22日

<東電強制起訴・無罪判決>識者の視点/社会通念の範囲疑問

水野智幸(みずの・ともゆき)1962年、仙台市生まれ。東大法学部卒。88年から裁判官として主に刑事事件を担当し、千葉地裁時代に裁判員裁判で初の全面無罪判決を言い渡した。2012年から現職。専門は刑事法。16年から弁護士。

 東京電力福島第1原発事故の刑事責任を巡り、東京地裁は旧経営陣3人に無罪判決を言い渡した。「事故当時の社会通念からすれば、原発は絶対の安全を求められていたわけではない」と判断した司法。社会は原発とどう向き合うべきか。判決への評価と現実の課題を識者に聞いた。(聞き手は福島総局・斉藤隼人、近藤遼祐)

◎元裁判官・法政大法科大学院教授 水野智幸氏(57)

原発の安全性に対する当時の「社会通念」が過失判断の基礎となるが、地裁はこの社会通念を「法令の規制」のみとした。責任追及の範囲をあまりに狭める考え方だ。原発反対論は事故前からあり、国側の意見にすぎない法令を社会通念と言うことには疑問がある。
人工知能や自動運転、遺伝子操作など法令上の規制が追いつかない先端分野は多い。今後はリスク管理の在り方について、社会的な議論が必要になるだろう。
判決は「原発に極めて高度の安全性は求められていない」とした。これは市民にとって意外な指摘ではないか。実際に深刻な事故が起きてもこうした司法判断がされることを忘れず、今後は国や事業者の説明を冷静に見極め、自分の行動を決めていくしかない。
本来、大規模事故の調査は強制力を持つ事故調査委員会方式が妥当だ。責任を追及しない代わりに真実を述べてもらう制度で、諸外国にはある。再発防止の観点からは最も望ましい。
今回は複数の調査委が設置されたが、調査に強制力がなく不十分なまま終わった。刑事裁判は大事故の原因究明や再発防止を目的とするには決して適切ではないが、現状はやむを得ない。河北新報2019年09月23日

 

 

<東電強制起訴・無罪判決>識者の視点/ムラの思考に無批判

古川元晴(ふるかわ・もとはる)1941年、神奈川県生まれ。東大法学部卒。内閣法制局参事官などを経て広島、京都両地検の検事正を務めた。2011年から弁護士。著書に「福島原発、裁かれないでいいのか」(朝日新書)。

 東京電力福島第1原発事故の刑事責任を巡り、東京地裁は旧経営陣3人に無罪判決を言い渡した。「事故当時の社会通念からすれば、原発は絶対の安全を求められていたわけではない」と判断した司法。社会は原発とどう向き合うべきか。判決への評価と現実の課題を識者に聞いた。(聞き手は福島総局・斉藤隼人、近藤遼祐)

◎元京都地検検事正・弁護士 古川元晴氏(77)

津波により原発事故が起こる危険が予測され、どれだけの根拠があれば事業者に対策を義務付けられるかが問われた。原発事業者は高度の注意義務が課されていると解するのが市民の常識のはずだが、判決はそこを論じていない。社会への重大な危険を軽視し、原発の稼働を重視した判断だ。
東電の無責任体質がよしとされれば、将来また事故が起きかねない。判決は事実上、事故当時の原子力ムラの考え方を「社会通念」として無批判に採用した。全体として極めて不当な内容になっている。
この事故は当初から強制捜査の必要性が指摘されていた。結局、検察は強制捜査をせずに不起訴処分にしたが、厳正な処理とは評価できない。一方、検察審査会が使命を適切に果たし、公開の裁判で審理されたことは高く評価すべきだ。
事故後、複数の事故調査委員会が報告書を出し、特に国会事故調報告は「事故は人災」と断定した。だが、関係機関の誰も全く責任を問われない状況が続く。
責任追及の場は司法しかないのが実情なのに、今回のように市民感覚と乖離(かいり)した判断が出る。事態は深刻で、国家の重い課題と捉えなければならない。河北新報2019年9月23日

 

 

 

<東電強制起訴・無罪判決>識者の視点/教訓よりも経済追認

よけもと・まさふみ 1971年、横浜市生まれ。一橋大大学院経済学研究科博士課程修了。2013年4月から現職。専門は環境政策論、環境経済学。日本環境会議事務局次長。著書に「公害から福島を考える」(岩波書店)。

◎大阪市立大大学院教授 除本理史氏(48)

津波予見や事故回避の可能性を認めず、各地の民事訴訟判決から大きく後退した判断だ。東京電力福島第1原発事故の被害の重大性を裁判官が十分認識しなかったのではないか。被害者は納得できず、電力会社が「原発は安全」と説明してきたこととも矛盾する。
事故後、避難計画が不十分なまま原発再稼働が進む。裁判は過酷な避難を強いられた患者らの犠牲を取り上げたが、今も事故の教訓が生かされていない。判決は事業者や国のこうした姿勢を追認する内容だ。
原発は安全対策費などのコストが膨らむが、電力会社には初期投資を回収したいとの思いもある。電力会社の姿勢には事故後も「経済優先」の意思が強く働いていると感じる。
東電旧経営陣の場合、津波対策の必要性については現場担当者から繰り返し報告が上がっていた。経営者がどこまで現場からの問題提起を受け止め、対策を実行できるか。甚大な被害を引き起こす危険性のある事業の経営者は、正しくそれを判断する責任がある。
真相解明や責任追及の場は刑事裁判だけではない。国会や政府、民事訴訟など各方面で継続して進めていくことが望ましい。河北新報2019年09月24日

<東電強制起訴・無罪判決>識者の視点/真実に光 裁判に意義

そえだ・たかし 1964年、松江市生まれ。大阪大大学院基礎工学研究科修士課程修了。90年朝日新聞社入社。地震や原発の取材に当たり、2011年5月からフリー。原発事故の国会事故調で協力調査員として津波分野を担当。

◎サイエンスライター 添田孝史氏(55)

判決は原発事業者の最高経営層の責任や安全対策への姿勢、見識に触れておらず、被害者らが期待していた司法の役割を果たしていない。不親切だと感じる。
司法が科学の不確実性を裁くことができるのか、ずっと疑問だった。国の地震予測「長期評価」の信頼性を裁判所が「ない」と断言してしまっていいのか。
地震の確実な予測は今の科学技術では不可能で、不確実さを前提にいかに対策を講じるかが重要だ。特に原発事業者は、万が一の事態にも備えが求められる。
38回の公判では、刑事裁判で初めて明らかになったことがとても多かった。東京電力の社内メールや会議の議事録が証拠として提出され、旧経営陣の意思決定について誰が何を言ったのかなどの詳細が分かった。
本来であれば、政府や国会などが設置した事故調査委員会がしっかりと務めを果たすべきだった。事故調の失敗も、今回の事故の大きな教訓の一つと言える。
刑事裁判が開かれなかったら、原発事故全体の真実が闇に葬られていた。事故の全貌が明らかにされた裁判は意義があり、告訴・告発をした市民や「起訴すべきだ」とした検察審査会の功績も大きい。河北新報2019年09月24日

 

 

 

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