2011-3-11 を忘れない

東電旧会長ら経営陣3人、原発事故の刑事責任で無罪判決ー東京地裁

東電旧経営陣3人に無罪判決 東京地裁、福島第1原発事故の刑事責任初判断

入廷する勝俣元会長=19日午前11時50分ごろ

入廷する武黒元副社長=19日午前11時50分ごろ

入廷する武藤元副社長=19日午前11時50分ごろ

 東京電力福島第1原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電の元会長勝俣恒久(79)、ともに元副社長の武黒一郎(73)、武藤栄(69)の3被告に対し、東京地裁(永渕健一裁判長)は19日、無罪(求刑禁錮5年)とする判決を言い渡した。第1原発事故の刑事責任に関する司法判断は初めて。
最大の争点は、高さ10メートルの原発敷地を越える津波襲来を予測できたかどうか。東電は2008年3月、原発を最大15・7メートルの津波が襲うとする試算を把握しており、試算の根拠となった国の地震予測の信頼性が焦点となった。津波襲来を予測できたとした場合、事故を防ぐ余地があったかどうかも争われた。
検察側は「3人は試算の重大性を認識し、深刻な事故の発生を予測できた。防潮堤の設置や運転停止などの措置により、深刻な事故は防げた」と主張。弁護側は「地震予測には十分な信頼性がなく、大津波は予測できなかった。仮に試算に基づいて対策をしていても事故は防げなかった」と3人の無罪を求めていた。
起訴状によると、3人は東電役員として第1原発の運転や安全保全業務に従事。原発を襲う津波を予測できたのに対策をせず、事故で福島県大熊町の双葉病院患者らに長時間の避難を余儀なくさせ、44人を死亡させたなどとしている。東日本大震災では最大15・5メートルの津波が原発を襲った。
東京地検は3人を2度にわたり不起訴処分としたが、検察審査会はその都度「起訴すべきだ」と議決。地裁から選任された検察官役の指定弁護士が16年2月に起訴し、今年3月の結審まで37回の公判が開かれた。
避難者らが提起した各地の民事訴訟では「大津波は予測でき、事故は防げた」とし、東電の過失を認める判決が相次いでいた。河北新報2019年09月20

 

東電旧経営陣無罪 責任問われず 双葉病院遺族「まだまだ闘い続ける」

事故直後の過酷な避難状況を記した病院資料を見つめる菅野さん。手前の写真は60代の頃の健蔵さん=8月、水戸市

 「被告人らはいずれも無罪とする」
主文が読み上げられ、菅野正克さん(75)=水戸市に避難=は傍聴席で憤った。心のどこかに「無罪かもしれない」との思いもあったが「私たちと裁判官の常識には大きなずれがあった」。
菅野さんは福島県大熊町の双葉病院に入院していた父健蔵さん=当時(99)=を亡くした。
2011年3月12日。東京電力福島第1原発の半径10キロ圏内に避難指示が出された。前日の強い揺れの直後に無事を確認し、後は病院に任せていた。役場が用意したバスで転院し、すぐに戻れると信じていた。
転院先から連絡があったのは4月5日。会津若松市内の病院でひと月ぶりに再会した。衰弱し、目を動かすのがやっとだった。「俺は百歳まで生きる」と豪語していた父。二度と会話できないまま6月12日に息を引き取った。
翌12年秋、双葉病院からの説明で避難の詳細を初めて知った。
停電のため医療器具が使えない病院に3日間取り残された後、医師も看護師もいないバスに乗せられて11時間移動した。底冷えする体育館に寝かされ、一緒に避難した14人はその夜を明かせなかった。
元々重症だった父はどれほど命をすり減らしたことか。「長時間の移動を強いられ、生命に関わる相当なダメージがあった」。診断書にはそう記されていた。
裁判では事故後3カ月以内の死亡しか「被害者」と認められず、1日過ぎた父は含まれない。だが、原発事故の犠牲者であることは明白だ。
「『安全神話』はうそだった。真相を究明し、将来の教訓にしたい」。父の無念を晴らす一心で旧経営陣を告訴し、公判の度に足を運んだ。
迎えた判決。法廷の旧経営陣は「当然の無罪」とでも言いたげに菅野さんの目には映った。「いまだに古里に戻れない人たちがたくさんいる。俺はまだまだ闘い続けるつもりだ」河北新報2019年09月20日

東電旧経営陣3人無罪 暮らしを破壊 傍聴席驚きと怒り

証言台の前に立ち判決を聞く(左から)勝俣元会長、武黒元副社長、武藤元副社長(イラストと構成・勝山展年)

 東京電力福島第1原発事故の刑事責任を巡り、東京地裁が東電旧経営陣の3人に無罪を言い渡した19日、法廷の傍聴席からは驚きの声が響き、被告らは硬い表情で判決を聞いた。世界に類を見ない被害を招き、住民の当たり前の暮らしを破壊した原発事故は防ぐことができなかったのか。多くの死傷者を出した責任は問われず、被災地の住民は「残念だ」とうなだれた。

福島第1原発事故の刑事責任の有無を巡る初の判決。勝俣恒久元会長(79)ら東電旧経営陣の3人はいずれもスーツ姿で、一礼して法廷に足を踏み入れた。
「うそだっ」。主文の読み上げが始まると、満員の傍聴席から叫び声が上がった。傍聴人の視線がおのずと勝俣元会長、武黒一郎元副社長(73)、武藤栄元副社長(69)に集まる。しかし3人は表情を変えず、真っすぐ前を見詰めた。
午後1時15分に始まった判決読み上げは休廷を挟み、3時間強の長丁場となった。武黒、武藤両元副社長がしきりにメモを取ったり資料に目を通したりするのとは対照的に、勝俣元会長は裁判長に顔を向けて判決理由に耳を傾ける時間がほとんどだった。
「間違ってる、こんな判断」。閉廷後も怒りが渦巻く傍聴席に、3人は一度も目をくれることなく足早に法廷を後にした。

■「原子力行政」を忖度
石田省三郎指定弁護士は19日、東電旧経営陣に対する無罪判決について「国の原子力行政を忖度(そんたく)した」と指摘。「原発に絶対的な安全性までは求められていないと判断したのはあり得ない」と話した。
「有罪に持ち込めるだけの論証をした」とした石田氏は「万が一にも事故は起きてはならないという発想があれば、このような判決にはならなかった」と語った。

■迷惑掛け申し訳ない
東電旧経営陣3人は19日の無罪判決後、「事故により多大な迷惑を掛けて申し訳ない」とするコメントを出した。
勝俣恒久元会長は「東電の社長・会長を務めていた者として改めておわびする」と謝罪。武黒一郎元副社長は「事故で亡くなった方々や負傷した方々にお悔やみとお見舞いを申し上げる」、武藤栄元副社長は「当時の東電役員として改めて深くおわびする」とした。河北新報2019年09月20日

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