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子どもたちの成長

 震災から3年半が過ぎ、仮設住宅から新しい災害公営住宅へようやく移れるようになっているところも出てきたということですが、その新しい住宅に移らない人もかなりいるんですね。コミュニティが壊れるとか、いろんな問題があって入居を希望しないと。その理由は傍目からは測り知れないものですが、子どもたちはどんなふうにこの3年半をすごしてきたのでしょうか?小学校高学年だった子は中学生になり、中学生は高校生になりました。震災で大きな痛手を抱えながら、学校で多くのことを学んで育ってきていると思います。これらの子どもたちの学校生活と(転校のことなど)新しい住居への

昆布 2014/10/03(Fri) 08:38 No.309
週刊歌津120

投稿者:ゴジュウカラ 投稿日:2014/09/29(Mon) 15:59 No.307 [返信]



* 東日本大震災で津波被害があった仙台市宮城野区の蒲生干潟周辺の防潮堤整備について、県は当初計画を見直して20〜30メートル内陸側に建設する方針を固め、25日、県庁で開催する「蒲生干潟自然再生協議会」の意見交換会で新計画を説明します。県が計画を一部見直したのは宮城野区蒲生北部地区の約900メートル。この区間には震災前、干潟の形状に沿って高さ約4メートルの防潮堤があり、当初、県は一部が干潟側に張り出した直線的な防潮堤を新たに整備し、高さも7.2メートルに引き上げる計画を示しました。これに対し、地元の住民団体などが反発。「豊かな生態系で知られた蒲生干潟の再生に影響がある」として、計画見直しを求める要望書を県に出していました。県はあらためて対応を協議し、防潮堤を計画より内陸側にずらして整備するよう計画を変更。県河川課は「防潮堤が蒲生干潟に与える影響を最大限考慮して計画を変更した。地元の理解を求めたい」と説明しています。河北新報2014年09月25日木曜日
* 気仙沼市唐桑町鮪立(しびたち)地区に建設する防潮堤計画で、宮城県は19日、鮪立老人憩いの家で住民説明会を開き、防潮堤の計画高を海抜9.9メートルから8.1メートルに見直す案を提示しました。堤防高5メートルに引き下げることを求めていた住民側もこれを受け入れ、見直し案での建設が決まりました。県は住民の主張を受け入れてシミュレーションを再実施した結果、湾口部の浅瀬の津波低減効果を認め、計画では9.9メートルとした唐桑半島西部ブロックのうち、鮪立地区の約560メートル区間のみ例外的に8.1メートルに見直したものです。村井知事は定例記者会見で「柔軟に対応するが、安全のためブロック内の最高に合わせる方針は変わらない。既に合意したものは後退させない」ことを強調しています。2014年09月23日火曜日

県が住民との話し合いで、不十分ながらも要望を受け入れ、防潮堤計画を変更する事例が生まれたことはよかったと思います。知事は、被災当初から中央の防災基準に従って算出された巨大な防潮堤計画をトップダウンで推し進め、地元の要望がうまく反映されない事態が各地で生じています。住民が「防潮堤を考える会」などに集まって丹念に粘り強く検討している内容によく耳を傾け、安全と生活に真に役立つ計画にして欲しいです。

* 東日本大震災で自宅を失った世帯向けに亘理町が4カ所に整備する集合型災害公営住宅のトップを切り、荒浜地区の西木倉住宅で10月1日から入居が始まります。とはいえ、全体の6割は空いたまま。町が住民意向調査を元に整備戸数を決め、4度の募集を実施し、2回目以降は町外被災者にも対象を広げたにもかかわらず100戸に対して入居決定はわずか40世帯。完成した3棟中1棟を丸ごと空室にせざるを得ず、防犯やコミュニティー形成に課題が浮上しています。高齢化も課題で、入居者の平均年齢は52歳。65歳以上が35.6%を占めています。「コミュニティー形成の意欲を保てるか不透明」と担当者は案じており、町は27日、入居者に鍵を引き渡す場で、地元行政区長や民生委員を交えた顔合わせ会を開いて交流を促すことにしています。河北新報2014年09月24日水曜日。

災害公営住宅や、集団移転宅地の造成が被災後3年半たってようやく姿かたちを現し始めましたが、長すぎる仮設暮らしの期間が、深刻な事態を生んでいます。本来入居を待ち望んでいる人が大勢いるのに、生活の再建に迫られて家族や集落のつながりが失われ、あらたな町づくりの担い手が減っていってしまうのです。26日放映のNHKスペシャルでは、宮城県岩沼市で、仮設住宅ぐるみでもとの集落の再建に取り組んでいる事例が紹介されていました。行政が作った青写真を基に住民の意見を載せるというのではなく、はじめはテンデンバラバラの住民の希望やイメージを出し合うところから始めて、町づくりの計画を次第に具体化し、そこに行政が加わるという一見遠回りのやり方が、住民の合意と町づくりの創意を生み出している姿が(いささか美化もされているのでしょうが)描き出されていました。イグネという屋敷林に囲まれた豊かな農村の昔の姿を少しだけ見聞きしていたものとして、屋敷は昔の3分の1になってしまっても、新たな造成地に故郷が再建される日が待ち望まれます。

* 東日本大震災からの復興に関する知識の共有を図る「いわて復興塾」が盛岡市の岩手大で27日開かれ、三陸鉄道の望月社長とJR東日本盛岡支社の嶋支社長が講演しました。被災し運休中のJR山田線(宮古−釜石間、55.4キロ)をめぐりJR側が提示した三鉄への運行移管案の交渉が続く中、塾生からは復旧に関する率直な質問が相次ぎました。質疑で山田線沿線に住む男性が「2、3年後の宮古−釜石間交通の展望は」と核心を突く質問をぶつけたのにたいして、明確な見通しは語られませんでしたが、ステージ下で聞いていた塾長の達増知事は「地域がつながると強い力が発揮できる。3年後くらいには鉄道も完全復旧している」と展望を語りました。河北新報2014年09月28日日曜日

今年7月、三陸鉄道開業30周年記念として品川雅彦『三陸鉄道情熱復活物語 笑顔をつなぐ、ずっと』という300ページの本が出版されました。11.3.11の大津波被災から5日後の16日に、久慈ー陸中野田間を復旧列車が走ったというあの信じがたい事実が、感動をもって蘇ります。鉄道は経済である前に文化だと実感します。3年半たっても、南北リアス線を分断しているJR山田線の復旧を願うばかりです。

ゴジュウカラ 2014/09/29(Mon) 16:01 No.308
週刊歌津119

* 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県が2013年度に競争入札で契約した公共工事のうち、参加業者が1者しかいない「1者入札」の比率が35.4%に上ったことが21日、分かりました。震災前の実績が大半を占める10年度と比べ、割合は4.3倍に達しています。予定価格が事前に公表された入札では、応札する1者を業者間で調整すると確実に落札できるため、談合の温床になるとの指摘もされています。河北新報2014年09月22日月曜日

* 三陸産カキのネット販売や、殻付きカキを焼いて提供する「カキ小屋」経営を手掛けている仙台市の会社が18日、カキ小屋のチェーン展開を図る「カキ小屋パートナー制度」を始めました。東日本大震災で大きな打撃を受けた三陸産カキの販路拡大につなげるのが狙いです。三陸沿岸のカキ養殖は施設の復旧が進み生産量が回復しているものの、仕入れ先を他の産地に変えた取引先が多く、販路回復が最大の課題となっています。
 「カキ小屋」は、首都圏などでブームになりつつあり、初期投資も少ないことに着目してこれを広く展開することで消費拡大につなげられると判断し、殻付きのまま出荷できるため、殻をむく「むき子」が足りない産地の負担が小さい利点もあるとのこと。社長は「カキがどんどん育っているのに売ることができない状態。今は取り組みのスピードアップが必要な時期だ」と狙いを話しています。河北新報2014年09月19日金曜日

* 福島第1原発事故後、3年半ぶりに一般車両の通行が可能になった福島県富岡町−双葉町間の国道6号(14.1キロ)を初日の15日に車で走った「東京新聞」の記者の記名記事を以下に引用します。(南相馬支局・大場隆由、いわき支局・古田耕一)

 『前日まで工事関係の車両が大半を占めた道路は、祝日とあってか、乗用車が頻繁に行き交う。原発事故で人影が全く消え、荒廃が進む街並みや農地の中で、南北に貫く国道の時間だけが、車と共に流れていた人が住まなくなった町は、動物がわが物顔で行き交っているのだろう。「事故多発 猪(イノシシ)と衝突」と書かれた看板が所々に立つ。南下する対向車のナンバーは「福島」「福島」「いわき」「福島」「宮城」「水戸」…。国土交通省磐城国道事務所によると、この日の交通量は9300台で、規制解除前(平日6400台、日曜2300台)を大きく上回った。
第1原発が立地する大熊町に入った。道路脇には、民家への侵入を防ぐバリケードが左右に並ぶ。まるで城門のようだ。町総合スポーツセンター辺りから、車内にある線量計の数値が跳ね上がった。第1原発から直線でわずか2〜3キロ。除染の効果か、以前、許可を得て通った時よりは低いが、同町夫沢交差点付近で毎時7マイクロシーベルトを超えた。右手の奥、林の上に、第1原発の作業クレーンの先端が何本も見える。双葉町役場近くの直線に入ると、黄色点滅の信号機が連なる。すぐ脇に、除染廃棄物を保管する巨大な中間貯蔵施設が計画されている。どんな姿になるのか、想像もつかない。色あせたロードサイド店の前を車列が流れていく。車で20分弱の道のり。このわずかな時間と距離に期待と不安、原発事故の現実が渦巻いていた。
 15日は取材で2度、往復した。車内の空間線量が最も高かったのは、大熊町夫沢の毎時9.01マイクロシーベルト。閉め切った車内の積算線量は片道平均で0.54マイクロシーベルトと、今回の開通区間と接する浪江町−南相馬市の国道6号と比べると20倍ほど高かった。』http://www.kahoku.co.jp/special/spe1090/20140917_01.html

*  福島第1原発事故で発生した指定廃棄物の最終処分場建設をめぐり、小里環境副大臣は17日、県内候補地を就任後初めて視察し、佐藤栗原市長、猪股加美町長、浅野大和町長とそれぞれ意見交換しました。条件付きで詳細調査を容認している佐藤市長は開始時期を「3市町同時が大前提」とあらためて求め、小里氏は「ボーリング資材などの都合で厳密には難しいかもしれないが、全体として約束通り進める」と述べました。浅野町長は「調査受け入れはやむを得ないが、評価の途中経過も報告してほしい」と注文し、開始前の住民向け説明会開催を要望しましたが、これには「タイミングを検討したい」と理解を示しました。詳細調査自体を拒否している猪股町長は「あらためて調査受け入れは断固拒否する」と強調し、候補地に関する10項目の質問状を提出し、小里氏は「皆さんの懸念に応えるためにも、現地での調査を実施させてほしい」と協力を求めました。
http://www.kahoku.co.jp/special/spe1090/20140918_05.html
また、加美町議会は17日、最終処分場建設候補地調査特別委員会を開き、処分場受け入れを拒否する「自然環境を放射能による汚染から守る条例」を開会中の9月定例会に提案し、全会一致で可決しました。

* 『「放射線についての正しい知識を」という大見出しの政府広報が先月中旬、全国紙に一斉に掲載された。福島原発事故の健康影響を正しく伝え、風評を打ち消す狙いだという。ただ「安心神話」に偏ったような内容になっており、登場する学者も放射線の影響を軽く見る人物だ。投じた費用は一億円超。被災者の怒りの声が聞こえてくる。』と「東京新聞」が伝えています。「原子力規制委員会」委員の交代人事も規制緩和路線。『吉田調書』公表も、「朝日の誤報」にばかり焦点を合わせ、事故当時の身の毛もよだつような危険には「喉元過ぎてなんとやら」。一体どうして原発事故問題についてこれほどノーテンキでいられるのでしょうか。

ゴジュウカラ 2014/09/22(Mon) 13:48 No.306
南三陸の水産業の復興

 週刊歌津118に、歌津のカキ養殖業者は5軒あったのに、今現在は1軒とありました。県や国からの支援は行き届いているのだろうか?と思いました。雄勝の「そだての住人」という考え方で、6次化の水産業をめざしている取り組みはすばらしいですね。3・11からの復興は、最終的には人の生き方に希望を与える復興になってほしと思います。石巻でも「桃浦のカキ」の会社だけではなく、「石巻元気復興センター」や「石巻うまいもの発信協議会」の活動で、若手の後継者たちが育っているそうです。いろんな企業が協力しあって、知恵も出し合って、事業を展開し始めている。何よりも家業を継ぐことに迷っていた若者が本腰を入れて、この街で生きていこうとがんばっているとのこと。彼らは震災後、付き合い深くなったそうです。(赤旗9/15)復興に向けてのこういった頑張りに私もできることなら「そだての住人」になりたいと思います。

昆布 2014/09/17(Wed) 11:18 No.305
週刊歌津118

大震災・津波から3年半を過ぎた月命日に当たる9月11日に南三陸町を訪れる事が出来ました。この日石巻、東松島市が一時的な豪雨で浸水被害を蒙り、天候が不安定で万一の危険に会わないように仙台への帰着を早めたため行きたいと思っていたところも次の機会に持ち越すことになりました。
久しぶりの訪問で、志津川に近ずくや大規模な町づくりの土木工事で様相が一変。道路も橋も臨時の経路が作られ、工事用の大型車両が頻繁に行きかう中をぬけてどうにか歌津に辿り着き、相変わらずのテント集会所アズマーレで、仮設の方々のお話声に囲まれてホッとしました。8メートルの防潮堤、かさ上げに伴う橋の架け替え、三陸自動車道志津川インターの建設、そして高台宅地の造成と巨大工事が一気に開始されています。いくらか写してきた写真を整理してからSNS写真集にアップいたしますのでご覧いただけますでしょうか。

* 気仙沼市は12日、市議会の東日本大震災調査特別委員会で、防災集団移転促進事業で造成する966区画のうち、盛り土されて地盤強度不足が指摘される可能性のある宅地が半数以上の530区画に上ることを明らかにしました。市は十分な地盤強度を確保した造成に努める考えをあらためて示しましたが、この530区画は丘陵地を削ったり、水田を埋め立てたりした土地が大半です。市は移転者に宅地を引き渡す前に、地盤強度が確保されているかどうか盛り土部分や擁壁の近くを重点的に調査し、強度不足がある場合は補強工事を実施します。

* 南三陸町の佐藤町長は10日、東日本大震災後の住宅難を軽減し定住を支援するため、不要になった仮設住宅を解体移築して町営住宅として活用する考えを示しました。歌津伊里前地区の町有地に5戸の町営住宅を整備します。再利用するのは入居者減や地権者の要請で解体する町建設の仮設住宅で、十分な基礎工事を施して移築します。開会中の定例会に提出する補正予算案にそのための工事費3400万円を盛り込みました。震災後、同町では住宅が不足し、被災者以外は仮設住宅や災害公営住宅に入居できず、円滑なIターンやUターンを阻む要因となっているためその対策とのことです。町長は防災集団移転事業で土地引き渡し後に地盤の強度で問題が生じた場合、町が補強する方針も示しました。1平方メートル当たりの地耐力が3トンを下回った場合、町が詳しく調査し、圧密沈下量が10センチ以上の部分について補強することとし、これまでに1区画で工事を実施したといいます。河北新報2014年09月11日木曜日

町づくりが目に見えるようになってきて、「アズマーレ」でも話題の中心は、ようやく見えてきた「我が家」へ期待と不安のようです。高台宅地の強度不安は、山を切り崩しての造成ですから十分予測されること。大船渡でも強度不足が明らかになっており、十分な対策が求められます。館浜地区の被災者の方々は、まとまって高台移転をすることになり、土地も来年3月引き渡しの見通しがしめされ、住宅建築の大仕事は難題ながらもようやく希望の光が見えてきたと表情を緩めておられました。

* 福島第1原発事故後、通行規制が続いていた福島県富岡町−双葉町間の国道6号(14.1キロ)が、15日午前0時に自由通行に移行し、帰還困難区域を走る区間の規制解除で、3年半ぶりに全線通行が可能になりました。解除に合わせ、南北にあった検問所を撤廃し、脇道の進入を防ぐバリケードを沿線に設置。通行できるのは自動車のみで、バイクや自転車、歩行者は通れません。6号に接続する富岡町内の県道小野富岡線(1.7キロ)も同時に規制が解除されました。区間内の平均空間放射線量は毎時3.8マイクロシーベルト。最大値は大熊町内の毎時7.3マイクロシーベルトと線量が高い場所が残っており、内閣府原子力災害現地対策本部の有倉参事官は「不要不急の通行は避け、通行時は車を閉め切ってほしい」と呼び掛けています。帰還困難区域内の通行はこれまで、復興事業や避難区域を抱える自治体の住民の車両に限られていましたが、全面開通で「経済活動の活発化や復興加速につながる」(遠藤智広野町長)と期待が集まる一方、犯罪の増加などを懸念する声も出ています。河北新報2014年09月15日月曜日

南東北の沿岸部を結ぶ動脈道路の通行再開に3年半もかかり、しかも自己責任で放射能を車で潜り抜けなさいというに等しいこうした施策が、当たり前のように日常生活を侵食し、これをつたえるNHKなどの報道も「便利になる」「復興が加速する」という声のみの一辺倒。むしろより深刻化しているフクシマ災害を、空洞化したり、見過ごしたりすることは決してあってはならないと思います。

* 昆布さんから投稿をいただき、こちらでは9月10日付け朝日新聞の記事を読みました。輝け!復興を支える地域の特産品というスタンスで、恋し浜のホタテ、桃の浦のカキ、福島の米、を取り上げているようですが、わたしにはいささか違和感があります。恋し浜のホタテは、三鉄の駅や集落、カキの加工場、ホタテ駅弁など、少しばかりの体験をしたこともあって、地域復興を支える6次産業化漁業として期待を込めて応援しています。石巻のカキについても、震災直後から雄勝地区のOh!ガッツによる6次産業化漁業の意欲的な取り組みがあります。「桃の浦のカキ合同会社」も、壊滅の危機にあった桃の浦のカキ養殖の漁師さんたちが救われたという限りでは、それなりに順調であるのは幸いとは思います。しかし「漁業特区」という風穴をあけたい県知事および仙台市による強力な支援と、仙台市の大手水産卸会社との一体経営という特別保護の下での企業育成は、それで果たして宮城県の漁業の復興を支えるものになるかとの疑問を感じます。確かに大手水産会社によるCMがこの頃TVによく登場するようになり、「桃の浦」ブランドが人目に付くようになっては来ているのでしょうが。歌津地区では5軒あったカキ養殖業で再開できたのは1軒のみ。全国の支援者から募った資金の助けも得て、今年ようやく出荷にこぎつけたと聞いています。ワカメと違って大きな資金と長い育成期間を要するカキは、養殖再開の比率が低いままです。「漁業特区」をめぐる知事と県漁協との対立は、県によるわけへだてのない漁業支援の強化の約束を得たということで漁協が和解を受け入れた形になっているように伝えられています。
石巻市雄勝で始まった6次化漁業Oh!ガッツの取り組みは、その後も順調に発展し、ホタテ、カキ、ホヤの養殖と、通販の会社「そだての住人」として、健在のようです。通販の顧客を単なる商品の買い手としてだけでなく産地を育てる「そだての住人」としてつながりを持つシステムなど、様々な取り組みを展開しています。詳しくはhttp://www.kaiyou.in/news/20140703_566/http://ogatsusodateno.jp/about/をご覧ください。

ゴジュウカラ 2014/09/15(Mon) 23:22 No.304
石巻市・桃浦カキ養殖

 ‘昨年9月、水産業復興特区として石巻で桃浦カキ養殖の会社がつくられ、1周年を迎えました。育てたカキは大手スーパーマーケットや全国チェーンの定食屋でも好評で、「桃浦」の名も少しずつ広がっています。若手漁師も新たに加わり、手応えを感じています。’とは石巻市の漁師さんの弁です。(「朝日」9/8)昨年、この問題で漁協の人たちとずいぶん話し合いが行われました。その時の問題点はどうなっているのかなと思いました。石巻市の漁業の復興のようすは、報じられていませんので、もっと様子を知りたいと思いました。(最後の部分を書く前に送信されてしまいました。すみません。)

昆布 2014/09/14(Sun) 09:21 No.303
石巻市・桃浦カキ養殖

 ‘昨年9月、水産業復興特区として石巻で桃浦カキ養殖の会社がつくられ、1周年を迎えました。育てたカキは大手スーパーマーケットや全国チェーンの定食屋でも好評で、「桃浦」の名も少しずつ広がっています。若手漁師も新たに加わり、手応えを感じています。’とは石巻市の漁師さんの弁です。(「朝日」9/8)昨年、この問題で漁協の人たちとずいぶん話し合いが行われました。その時の問題点はどうなっているのかなと思いました。石巻市の漁業の復興のようすは、報じられていませんので

昆布 2014/09/14(Sun) 09:19 No.302
週刊歌津117

* 東日本大震災で被災した県内沿岸部で全国の大学生が職業体験する「復興支援インターン」の報告会が8月31日、仙台市青葉区の東北学院大でありました。
 東北学院大や立命館大(京都市)、西南学院大(福岡市)など5大学の17人が、南三陸町の水産加工5社での体験を発表。「被災地はイメージと異なり、活気にあふれていた。マイナスイメージをプラスに変える必要がある」「労働力不足の現状を学園祭で紹介したい」などの報告がありました。 同町出身の尚絅学院大1年の学生は「懸命に働く大人の姿が新鮮で、学ぶことが多かった。地元への思いが強まった」と語っています。河北新報2014年09月03日水曜日

*今年も9月13日から10月18日にかけて、南三陸町を舞台に「南三陸おらほの学園祭」がひらかれます。まち全体を一つの学校に見立て、南三陸で特技や得意なことを持った「人」を「部長」と呼び、期間中にまちの中で様々な「部活動」を行っていく試みです。詳しくはhttp://www.m-kankou.jp/
今年もたくさんの部長さんが部活動を提供します。 この学園祭は町の活動を地域内外に伝え、共通の興味関心を持った方が繋がるきっかけになります。また町の魅力を多くの方々に知ってもらうことができます。
興味のある活動にぜひご参加ください!
部活動のひとつに「きりこカフェ」があります。自分や家族の、歴史・宝物・思い出のシンボルをいくつか組み合わせた模様を、白い紙に切り透かしてそれぞれの物語を表してみます。 世界にひとつの「マイストーリーきりこ」を作りましょう。
9月20日(土)
時間:13:00〜16:30
定員:20名
参加費:500円(きりこ体験、ドリンク込み)
会場:南三陸ポータルセンター (南三陸町志津川字御前下51-1)
持物:カッター

*福島県大熊、双葉両町は中間貯蔵施設の建設受け入れを決めましたが問題は山積しています。 国が示した手順では、両町から地権者に関する情報の提供を受け、地権者向けの用地説明会を開いた後、建物などの調査と補償額算定、個別の用地交渉へと進みますが地権者は2000人以上とされ、相続などで権利が複雑化していることも予想されます。環境省は月内にも説明会を開きたい考えだが、地権者の確定作業は「想像以上に難航する」(同省関係者)ともみられています。個別交渉が始まると、地権者は土地を売るのか貸すのか、拒否するのか決断を迫られ、売却する場合、「原発事故前の価格」を求める声が多く、国が示す補償額との差は、福島県が両町に拠出する150億円を使って補われる見通しですが、補償額や先祖伝来の土地を手放すことへの複雑な感情などから、交渉は長期化するとの見方が強くなっています。
 国が5〜6月に全町民を対象に開いた説明会では、内容の不十分さに不満が噴出しました。施設は町全体の将来に大きく影響するだけに、地権者以外の町民への説明責任をどう果たすかも問われます。
 除染廃棄物の輸送計画の策定作業も今後始まりますが、県内各地からの搬入ルートをどう確保し、安全性を担保するかは全県にまたがる大きな課題です。施設で保管する汚染土などは1600万〜2200万立方メートルで、環境省の試算によると、仮に3年間で搬入を終えるには、1日2000台の大型トラックが必要。施設に向かう国道や県道を、放射性物質を含む廃棄物を満載したトラックが頻繁に行き交うことになります。
 環境省は5月、ルート周辺の住民の追加被ばく線量を年間1ミリシーベルト以下に抑えることを柱とする基本方針をまとめたが、放射線への不安、交通事故や騒音への懸念から周辺住民の反発も予想され、県は搬入を受け入れる条件として、輸送の安全性確保、ルートの維持管理と周辺対策などを国に求めています。河北新報2014年09月02日火曜日

*東京電力福島第一原発の事故後、福島県川俣町から避難を強いられ、一時帰宅中に自殺した渡辺はま子さん(当時58)の遺族が、東電に計約9100万円の賠償を求めた訴訟で、福島地裁は26日、東電に計約4900万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。潮見直之裁判長は「はま子さんの自殺と原発事故との間には相当因果関係がある」と、遺族側の主張を認めました。判決は、はま子さんが58年間暮らした山木屋の人々とのつながりや養鶏場の仕事を原発事故で失い、不慣れなアパート暮らしを余儀なくされたと指摘。「耐え難いストレスがはま子さんをうつ状態にさせ、自殺に至らせた」と認め、「一時帰宅の際に感じたであろう展望の見えない避難生活への絶望、生まれ育った地で自ら死を選んだ精神的苦痛は、容易に想像しがたい」とも指摘しました。東京電力は5日、控訴しないと発表。遺族も控訴しない意向のため、被災者の自殺の原因を原発事故と認めた初の判決が確定することになりました。http://www.asahi.com/articles/ASG955G43G95UGTB00M.html
内閣府によると、福島県の震災関連の自殺者は、2011年6月以降、これまでに56人。11年に10人、12年に13人、13年に23人と増え、14年も7月までで10人に上ります。復興庁などによると、震災の避難者は今年7月時点で約24万7千人。このうち仮設住宅で暮らしているのは、岩手県で約2万4千人、宮城県約4万人、福島県では約2万6千人。ほかに全国で約11万人が、民間アパートなど「みなし仮設」に入っており、生活再建は進んでいません。
 「これから自分はどこへ進むのか、道が分からない」。福島県いわき市の仮設住宅で、福島県富岡町から避難しているある無職の被災者は嘆きます。同居していた姉は昨年、持病が悪化し他界し、「仮の住まいではない、ちゃんとした家に住みたい」と訴えます。
 福島県南相馬市鹿島区の仮設診療所で、避難者の健康を診ている医師の遠藤清次さん(57)は「自殺まで至らなくても、仮設で閉じこもりがちになる人、うつ状態になっている人が増えている」と指摘する。壁は薄く、隣の部屋の話し声が聞こえる状況の中で、人間関係が悪くなる例も多い。避難者が震災前の人間関係を取り戻し、次の生活に希望が持てるようにする取り組みが必要だ」と話しています。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1090/20140827_02.html
* 政府は原子力防災会議(議長・安倍晋三首相)で、今冬にも再稼働する可能性がある九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の周辺自治体が作る避難計画の実効性を、国として確認する方向で検討していることが2日、分りました。茂木敏充経済産業相は2日の閣議後の記者会見で、川内原発の地元自治体に、経産省の職員計5人を派遣する方針を明らかにしました。
原子力防災の要となる避難計画作りは「自治体の責務」とし、国は計画策定の支援にとどめていたが、再稼働が迫る中、従来の姿勢から踏み出す。再稼働への地元同意を円滑に得る狙いもあるとみられます。東京新聞WEB2014年9月3日 02時00分

「避難計画の実効性」を「国が確認」したところで、いささかも安全が保証されるわけではありません。原発事故を承知の上で再稼働を認めよということでしょう。発想を根本から転換するときではないでしょうか。

ゴジュウカラ 2014/09/08(Mon) 21:48 No.301
東北のオカザリ ー 神宿りの紙飾りー

 今、多摩美術大学美術館で‘東北のオカザリ〜神宿りの紙飾り〜’を紹介する展示会が開かれています。(15日まで)千葉惣次氏のコレクションと大家孝雄氏の写真の展示で、神楽の映像も。(しんぶん「赤旗」9/3)私は昨年このお二人が書かれた本「東北の伝承切り紙〜神を宿し神を招く」を読んで、その形の美しさに人々の豊かな生活への素朴な願いを感じ、印象深かったことを思い出しました。昨年、南三陸を訪れたとき、歌津の伊里前商店街でも志津川のさんさん商店街でたくさん、そして道端でもこの切り紙(きりこ)を見かけました。
 週刊歌津115によりますと、宮城県の鉄道整備期成同盟会が大船渡線や気仙沼線の早期再開をJRに求めたということですが、こういった住民の願いにこたえる施策がなかなか進みません。岩手県では山田線の見通しもまだですよね。地元の方はその必要性を日々痛いほど感じ鉄道再開を切望されていることと思います。多摩美での‘東北のオカザリ’展が東京近辺の人に被災地の願いを身近に感じる機会になるのではと、記事をうれしく読みました。

昆布 2014/09/04(Thu) 07:21 No.300
週刊歌津116

* 東京電力福島第一原発事故による健康への影響を調べている福島県は8月24日、震災当時十八歳以下の子ども約三十七万人を対象に実施している甲状腺検査で、甲状腺がんと診断が確定した子どもは五月公表時の五十人から七人増え五十七人に、「がんの疑い」は四十六人(五月時点で三十九人)になったと発表しました。 福島市内で開かれた県民健康調査の検討委員会で報告したもので、地域による発症率に差がないことも報告され、委員会の星北斗座長は、現時点で放射線の影響がみられないことが裏付けられたとした上で、「今後、詳細な分析が必要だ」と述べました。調査を担当する福島県立医大は、今回初めて県内を四つに分けた地域別の結果を公表。検査を受けた子どものうち、疑いを含めた甲状腺がんの発症割合は、第一原発周辺で避難などの措置がとられた「十三市町村」では0・034%。県中央の「中通り」は0・036%、沿岸部の「浜通り」は0・035%と地域差はありませんでした。国立がん研究センターなどによると、十代の甲状腺がんは百万人に一〜九人程度とされてきましたが、自覚症状のない人も含めた今回のような調査は前例がなく、比較が難しいとしています。疑いも含めた甲状腺がんの子ども計百三人のうち、最年少は震災当時六歳。原発事故から四カ月間の外部被ばく線量の推計値が判明した人のうち、最大は二・二ミリシーベルトでした。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014082502000122.html
 福島県立医大の鈴木真一教授は28日、東京電力福島第1原発事故を受け福島県が実施している甲状腺検査で、がんの疑いが強いと診断、手術した子どもの具体的な症例を横浜市で開かれた日本癌治療学会で報告しました。がんは原発事故の影響とは考えにくいとの見方を示しました。
 がんの57人のうち県立医大が手術した54人について、45人は腫瘍の大きさが10ミリ超かリンパ節への転移などがあり、診断基準で手術するレベル、2人は肺にがんが転移していました。残る9人は腫瘍が10ミリ以下で転移などはなかったが、7人は「腫瘍が気管に近接しているなど、手術は妥当」とし、2人は経過観察でもよいと判断されたが、本人や家族の意向で手術しました。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1090/20140829_02.html

上記報道で名前の出ている医師は、二人とも以前からフクシマ事故と健康被害の関連を否定する立場をとり続けています。短い記事からはよくわかりませんが、少なくとも子どもの甲状腺がんが今度の調査で増え、罹患率も百万人に十人以下とされる一般の数値に比して、はるかに高い結果が出ており、手術した45人がリンパ節に転移、二人は肺に転移という状態であったことを見過ごすことはできません。健康被害に対する安易な「安全神話」の流布はつつしんでほしいとおもいます。 

* 福島第1原発事故に伴う除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設について、福島県の佐藤雄平知事は30日、「苦渋の決断だが、施設の建設を容認する」と述べ、受け入れを正式に表明しました。候補地である大熊町の渡辺利綱町長、双葉町の伊沢史朗町長も「知事の判断を重く受け止める」との考えを示し、受け入れを容認しました。福島市で佐藤知事と両町長が会談し、終了後、報道陣に明らかにしたものです。今後、国が地権者約2000人との用地交渉に入ります。
 国は来年1月の施設搬入開始を目指しています。佐藤知事は建設受け入れを表明する一方で「搬入の受け入れ容認は別だ」と指摘。搬入開始の条件に(1)県外での最終処分の法案成立(2)交付金の予算化と自由度の確保(3)搬入ルートの維持管理と周辺対策の明確化(4)施設と運送の安全性(5)県、大熊、双葉両町と国との安全協定案の合意−の5項目を提示しました。渡辺、伊沢両町長は、町の判断として「知事の考えを重く受け止め、国による地権者への説明を認める」とだけ述べ、「地権者の理解を得るため、国には丁寧な説明を求めたい」と強調しました。河北新報2014年08月31日日曜日

同日同紙面でいわき支局の古田耕一記者は「施設は大熊、双葉両町の面積の8分の1を占め、5分の1の町民が古里を喪失する。巨大な廃棄物置き場は町の姿を変え、周辺住民にも大きな影響を及ぼす。事の重大性を鑑みると、受け入れに至る最終局面での国や県などの動きは拙速感が強い」と解説しています。石原環境相の「金目」発言は記憶に新しいところですが、自治体も地権者も結局そこに追い込まれ、「日本を取り戻す」がキャッチフレーズの首相は、なりふり構わず、フクシマから何も学ばず、「原発を取り戻す」道を突き進んでいるかのごとくです。あれほどの災厄を生み出し、今も真っ暗闇で先の見えない災厄を抱え込んでいるフクシマをこんなに軽々しくやり過ごせる気になっているほど、私たちの日常感覚はマヒしてしまっているのでしょうか。

ゴジュウカラ 2014/09/01(Mon) 22:12 No.299
週刊歌津115

* 『震災学』という雑誌があります。「忘れずに問いを発することこそ、あの災厄で『生きる』ことを奪われた人々が私たちに残した痛みに応答することなのだ」という発刊の辞とともに12年7月に仙台の東北学院大学によって地元の出版社荒蝦夷から出版されています。年2回刊。仙台以外の地域で簡単に読めるものかどうか分かりませんが、大震災の地元大学としての責任と自覚を踏まえた意欲的な取り組みと期待しています。
「震災学」という学問分野を構築しようということではなく、「現場」とは何か、「現実」とは何かと突きつけられた問いに、「被災地から被災地を見つめ、考え、問う」営みの中で、時の流れに埋没させることなく発信し続けることの重要性を今一度しっかり捉え直したいものです。

* 『震災学』VOL3では120ページに及ぶ大特集「仮設住宅とは何か」を組み、復興の遅れによる仮設暮らしの大幅な延長が見込まれるなかで様々な問題発見と、問題提起を行っています。ようやく宅地の造成が目に見え始め、建物も少しずつ姿を現し始めたいま、誰がそこに住みどのようなコミュニティが再建されるか、その過渡期での仮設に生まれたコミュニティの解体とどうつなげるか、「住まい」のいわばソフト面の対応もまた重要な課題です。「仮設」のくらしを少しでも快適にと日曜大工のお助け隊を平成の森仮設にも派遣してくださった東北工大の建築学教室グループは、この面でも持続的な活動を仮設の方々と共に続けておられます。被災地の中でも最も都市型の大規模仮設である「あすと長町仮設」では、ばらばらな地域から入居してきた仮設住民が、ここで生まれたコミュニティを復興公営住宅への集団移転で持続させようと活動しています。当初スラム街の様相を呈していた仮設住宅を、住民の要望をまとめて行政に提示し、ほかの仮設で標準仕様となるような施設改善の追加工事を実現するなどの活動を積み重ねるなかでこうしたつながりが作り出されていったとのことです。美しく近代的な街並みや建物はできたが住民の幸せにはつながらなかった阪神淡路大震災の復興からどこまで学べるか。仙台駅に近く大規模な副都心づくりの進んでいる長町に新しい災害復興住宅モデルができたら素晴らしいと思います。(上掲書p165−168参照)

* 宮城県鉄道整備促進期成同盟会は、沿線自治体の首長や県議ら約100人が参加して20日、仙台市内で本年度の総会を開き、JR東日本に対して、東日本大震災後に運休している気仙沼線、大船渡線の早期運行再開を求める事業計画を決めました。事業計画によると現在、バス高速輸送システム(BRT)が運行する気仙沼線柳津−気仙沼、大船渡線気仙沼−上鹿折について、BRTの利便性向上とともに、早期の鉄路再開を重ねて要望します。JRは気仙沼線の鉄路再開に向け、原状復旧費300億円を自社で負担する意思を示す一方、安全性確保のためのルート移設に必要な事業費400億円の公的支援を求めています。同盟会は「沿線自治体による負担は極めて困難」として、国が全額拠出する新制度の創設を関係省庁に要請します。
http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140821_03.html

* 環境省は22日、福島第1原発事故で発生した宮城県内の指定廃棄物の最終処分場建設について、栗原市、大和町、加美町の各候補地の詳細調査に21日に着手したと発表しました。着手したのは、栗原市と加美町の国有林への立ち入り許可申請、気象や地質のデータ収集など。大和町の候補地への立ち入り許可も近く防衛省に申請します。現地調査は遅くとも9月下旬に始めたい考え。井上環境副大臣は「加美町は反対ということだったが、意見のやりとりをずっと続けるわけにはいかない」と述べ、11月中旬までに調査を終えたい方針をあらためて強調しましたが、栗原市と大和町は3市町の足並みがそろうことを条件に受け入れを容認。加美町は調査の受け入れを拒否し、候補地選考過程の検証を要望しました。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1090/20140823_04.html

ゴジュウカラ 2014/08/24(Sun) 22:29 No.298
週刊歌津114

被災から4度目のお盆を迎えました。あの日天界に旅立ったたくさんの魂とともに、地上に生きる私たちはその日以来何を学んできたかを静かにしっかりと思いめぐらしたいものです。

* 東日本大震災から4度目のお盆を迎える岩手、宮城、福島3県の沿岸自治体で、犠牲者の遺骨計223柱が家族の元に帰らぬままになっています。身元不明が大半だが、宮城県では 身元が分かっても引き取り手がないケースも含まれます。遺骨の多くはプレハブの簡易施設などで安置されていますが、女川町では昨年8月に設置した納骨堂に納め、陸前高田市は共同墓地を整備し、3寺院に預けている大槌町も、不明者家族が訪れやすいよう納骨堂を建立する方針を固めているなど、遺骨安置の設備も整備され始めています。河北新報2014年08月13日水曜日


新しいまちづくりが目に見える形で進行するようになってきています。3年半も「仮設]という生活を強いられている被災者jの方々はまさに一日千秋の思いで完成を待ち望んでおられることでしょうが、矛盾や問題もあらわになって来ているようです。地形が変わるほどの大震災からの復興ですから困難が大きく立ちはだかっていることは理解できますが、国や行政が災害復興に便乗するような「再開発」や「再編成」を「未来志向]の美名のもとにおしすすめることは決してあってはならないでしょう。被災者のくらしの一日も早い再建という原点を見失わないでほしいです。

* 阪神大震災で被災した神戸市新長田駅南地区の大正筋商店
街で日本茶販売店を経営する伊東さんは、商店街の再生にずっと懸けてきました。その経験が、東日本大震災の被災地復興の役に立つと信じています。焼失した商店街は、神戸市の大規模再開発計画で生まれ変わり、大正筋商店街の商店主たちは、再開発の高層ビルで低層階に設けられた商業フロアで営業を再開しました。木造の商店や住宅、工場が混在していた街並みは美しくなりましたが経営的には苦しくなりました。震災前はなかったビル管理費などが発生。常連客が地元を離れるなど客足は落ち、にぎわいを取り戻せずにいます。「自分たちの復興は失敗例。同じことを繰り返えしてほしくない」と、南三陸町などを何度も訪れ、自戒を込めて商店街関係者に助言しています。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140813_04.html
* 宮城県沿岸南部の山元町は12日の町議会臨時会で、防災集団移転促進事業によって東日本大震災の被災者向けに整備する住宅団地について、最大で募集区画の約4割に空きが生じていることを明らかにしました。町は再募集も念頭に、空き区画の解消を目指すということです。この事業では内陸に移設されるJR常磐線の新ルートに合わせ、新山下、新坂元両駅周辺など3地区に新市街地を設け、被災者の集団移転先として災害公営住宅を含め計694戸分を整備し、移転・入居希望者を今月5日まで募りましたが、町の5日現在の集計では、新山下は198区画に対し、応募は118世帯で59.6%にとどまり、41区画の新坂元は68.3%の28世帯でした。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140813_03.html

* 毎年、南三陸を代表するおいしいホヤを出荷して来た荒砥の高橋源一さんは、「今までになくホヤの成長がいい」と三年目の初収穫のよろこびを語ります。東日本大震災で、養殖棚はもちろん、民宿を営んでいた自宅、ホヤの加工場などすべてが流されてから3年。何もなくなった自宅のあとに小さな仮小屋を建て、その中で、ホタテの耳吊り作業やわかめの種はさみを家族総出で続けました。風が吹くと動いてしまうような華奢な小屋の中で、かき殻に穴を開けて吊るし、ホヤの種を採るための仕掛けを作りました。例年購入していた仕掛けも、何十年ぶりに手作りするしかなかったのです。その仕掛けを海に入れて天然ホヤの種が付着するのをまち、夏終わりに、種が付いたかき殻を海の上で改めて養殖棚のロープに挟み込みます。そして、ホヤの成長を待って収穫までは少なくとも2年の月日かかるのです。http://www.m-kankou.jp/people/12725.html/
関東以西の方はおそらくホヤといってもなじみがないことでしょうが東北の珍味です。こうやって長い期間手塩にかけて生育を見守っていることを知り味わいがさらに深まりました。

ゴジュウカラ 2014/08/16(Sat) 17:25 No.297
復興まちづくり

 週刊歌津113に、南三陸町のまちづくりを第3セクターの復興まちづくり会社を設立して、そこが中心なってやっていくとありました。震災から3年半たっても、住宅建設はじめ、まちづくりは課題山積で緒についたばかりなんですね。43人の方が犠牲になられた防災対策庁舎のことも、震災遺構として残すかどうか、難かしい問題だと思います。気仙沼市では、住民が幾度も議論をかさねて「防潮堤はいらない」と結論を出されたとのこと。被災地のどこでも復興に向けて、住民の方の苦労は並大抵ではないことが分かります。復興を後押しする国や県のあたたかい施策を望んでやみません。

昆布 2014/08/12(Tue) 21:11 No.296
週刊歌津113

* 東日本大震災で被災した子どもの音楽活動を支援するプロジェクト「スクール・ミュージック・リバイバル」のライブが3日、仙台市青葉区の東京エレクトロンホール宮城でありました。18校の吹奏楽部や軽音楽部などが参加し、ポップスやテレビ番組の主題歌などを若さいっぱいに演奏。和太鼓やエレキギターなど多彩な楽器も登場しました。プロジェクトの発案者でゼネラルプロデューサーの坂本龍一さんの代わりにジャズピアニストの山下洋輔さんが、津波被害から復活したピアノを弾いて盛り上げました。宮城県志津川高音楽部長の及川雅矢君(17)は「多くの方々への感謝の気持ちと元気な姿を演奏を通じて伝えられて良かった」と話しました。プロジェクトは、全国楽器協会が「こどもの音楽再生基金」を設立して始動。被災地の学校向けに楽器修理や音楽活動の支援を行った。3回目となる今回のライブで基金は解散しますが、坂本さんが被災地の子どもたちと結成した東北ユースオーケストラは活動を続けます。(2014年08月07日木曜日河北新報)

* 南三陸町は東日本大震災で壊滅した中心市街地の再生などに向けて、第三セクターの復興まちづくり会社の設立を検討しています。まちづくり会社には主に、建築家の隈研吾氏に作成を依頼した志津川市街地復興のグランドデザインの具体化に向けた事業の促進を担ってもらう考え。高台移転地の生活再建や志津川以外の市街地復興などについても、事業展開を図れるかどうか検討し、設立時期は遅くとも年内を見込んでいます。会社社長は行政や産業界に人脈を持つ県外のまちづくり専門家を軸に選考を進める方針です。町長は、迅速な事業の推進に向けて民間の手法をより活用するため、企業性と公益性を併せ持つまちづくり会社の設立が必要と判断したとみられています。(2014年08月06日水曜日河北新報)

* 海抜9.8メートルの巨大防潮堤建設が計画されている気仙沼市本吉町前浜地区の住民は津波防災を考える勉強会を重ね、住民たちが率先して意見を集約し「防潮堤はいらない」との結論にたどりつきました。地区独自の津波対策を行政に要望し、住民主導のまちづくりを進めるのが狙いです。前浜地区は漁港に向かって半すり鉢状の地形で、東日本大震災の津波で38世帯が全壊しましたが、住民がまとめた津波対策では、漁港に防潮堤は造らず、すり鉢状になった斜面に盛り土して津波の防御壁を造る計画です。勉強会は昨年秋、市が前浜地区に9.8メートルの防潮堤計画を打ち出したことから始まりました。「建設の賛否をめぐって地域のコミュニティーが分断されるのは避けたい」と議論を尽くすことにしました。「防潮堤は景観や環境に悪影響を及ぼす」「盛り土など別な方法もあるのではないか」など約230件の意見を基に、住民たちは月1回のペースで議論を重ね、8回目の勉強会でようやく意見が一つにまとまりました。今後は専門家らの意見を反映させ、市に防潮堤計画の撤回と津波対策の実現を要請する方針です。(2014年08月09日土曜日)

* 福島第1原発事故で発生した指定廃棄物の最終処分場建設をめぐり、加美町の猪股洋文町長は5日、町役場で記者会見した。4日の県内市町村長会議で町が拒否してきた国の詳細調査を受け入れる方針が決まったことに対し「候補地の選定過程の検証がまだ終わっていないのに調査を受け入れることはできない」とあらためて反対しました。TV各社のニュースは村井宮城県知事が石原環境相に調査受け入れの意向を伝えたことを報道しましたが、猪股加美町長は環境省に対し町との協議を申し入れる考えを示し、「調査受け入れを断った上で、協議を通して選定過程の問題点を明らかにする」と述べ、町の反対を押し切って国が調査を行う場合については「訴訟も辞さない」と調査の差し止めを求め提訴に踏み切る可能性をあらためて示唆しました。県が開催した4日の市町村長会議に関しては「候補地の選定基準を決めたのも市町村長会議だった。会議ですべきことは基準に基づき選定されたかどうかの検証で、それをせずに強引に意見集約したのは乱暴」と会議の進め方を批判しています。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1090/20140806_01.html

ゴジュウカラ 2014/08/11(Mon) 21:43 No.295
週刊歌津112

* 東日本大震災で被災し運休中のJR山田線(宮古−釜石間、55.4キロ)について、JR東日本は28日、三陸鉄道(宮古市)に運行を移管した場合、被災していない区間の設備強化や修繕に掛かる費用を負担する考えを明らかにしました。県や三鉄によると、昭和10年代に整備された山田線は三鉄と比べ品質が劣り、老朽化も激しいが、JRは現状復旧費140億円を負担するとする一方、津波被害のない区間の強化や修繕には触れておらず、三鉄が移管後の維持費を懸念していました。三鉄はこれを歓迎していますが、県政策地域部長は「現状よりグレードが上がる点は認めるもののそれでどうこう言うのはまだ早い」と慎重姿勢を示しています。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140729_03.html

* JR東日本仙台支社は30日、東日本大震災で被災した仙石線の全線運転を2015年6月までに再開すると発表しました。また新たに仙石線が、接続線を利用して東北線に乗り入れ仙台石巻間を1時間で結ぶ「仙石東北ライン」も再開に合わせ運行を開始します。現在も不通になっている高城町−陸前小野駅間(10.4キロ)のうち、陸前大塚−陸前小野駅間の線路を約500メートル内陸の高台に移設する工事が本格化するなど再開時期にめどが立ち、今後はレールの敷設や信号機設備の設置、内陸部に移設する東松島市の東名、野蒜2駅の整備が進められます。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140731_01.html

* 復興庁は31日、政府が2013年度に計上した東日本大震災の復興予算7兆5089億円のうち、35.3%に当たる2兆6522億円が使われなかったと発表しました。使い残した復興予算の内訳は、事業契約を終えても13年度内に支出が間に合わず、本年度に繰り越された分が1兆9604億円。実際の費用が計上額より安くなり、余った分の「不用額」は6917億円で、震災特別会計に繰り入れ、あらためて復興事業に充当されます。主な事業別では、被災地全域での建設・土木事業予算3兆2005億円のうち、1兆3984億円が、未執行。漁港や道路などインフラ整備予算1兆467億円は、防災集団移転や防潮堤の高さなどで住民の合意形成が遅れ、55.2%が執行が執行できませんでした。福島第1原発事故関連にも1兆2355億が割り当てられましたが、53.0%の6549億円が未執行。作業員不足で遅れている除染は49.9%の9960億円が使われず、避難指示が解除された地域での施設工事費の71.0%が執行されていません。www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140801_04.html

ゴジュウカラ 2014/08/04(Mon) 21:29 No.294
「南三陸町長の3年」(佐藤仁著)を読んで

 本屋で、たまたま見つけた「南三陸町長の3年〜あの日から立ち止まることなく」(河北新報出版センター)という本を読みました。あの日から現在までの歩みを佐藤町長さんがつづられたものです。つぶさに語られる一つひとつに、改めて震災・津波の恐ろしさとそこから立ち上がっていく町民の姿が身に迫ってきて、頭が下がります。復興に向けての町の方針は「高台移転」と「職住分離」。これは絶対譲れないと。住宅を高台につくり、水産加工場などや商店は下の方につくる。家が高台にあれば、毎日 安心して寝ることができる。たとえ、大地震・大津波が来ても一番安全な方策だと。こういう方針で4年目の復興に向けて頑張っていらっしゃるということが分かりました。でも、まだまだたくさんの課題が山積み。本当に大変なことだと思いました。町のみなさんの心が折れないようにと祈るばかりです。食べ物の話は元気がでます。タコは震災前「西の明石、東の志津川」のキャッチフレーズで売り出していたそうです。昨年から豊漁がよみがえってきているとのこと。アワビ漁も秋サケ漁も。歌津のワカメの品質の高さは、市場でも一等級の品として知られていて「タコの志津川、ワカメの歌津」は南三陸の特産品のツートップなんだそうです。
 こんなに豊かな海の幸にめぐまれた南三陸の人たち。その暮らしが1日も早く元に戻るよう、見つめていかなければと思います。

昆布 2014/08/01(Fri) 15:39 No.292
週刊歌津11

* 昆布さんの「カジノ問題」投稿、びっくりしました。地元にいながらそんな動きをフォローしておらず慌ててネット検索しました。首相がカジノを含むIR(複合観光施設)構想とかを成長戦略政策の目玉の一つにしているとか、宮城県が震災後も「名取市東部震災復興の会」とかを中心に誘致活動を進めているとか、ボンヤリ見過ごしてはいられないことがわかりましたが、仙台空港、閖上港と名取市は甚大悲惨な震災被害を蒙りながら、その復興にカジノとはとんでもない便乗だと思います。震災直後に県知事はカジノ誘致を否定する発言をしていたそうですが今後を注視していきたいと思います。

* 東日本大震災で被災し運休中のJR山田線(宮古−釜石間、55.4キロ)について、岩手県は高台など比較的被害が軽微だった区間を優先した復旧を視野にJR東日本と協議を進める方針とのことです。
 県によると、優先復旧の候補になっているのは、宮古−豊間根駅間(15.4キロ)と釜石−鵜住居駅間(8.3キロ)。両区間に挟まれた31.7キロはかさ上げが必要で時間がかかるため「部分復旧は現実的な方法。早くできる所から手を付けるのは十分あり得る」と説明しています。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140725_02.html

* 東日本大震災の被災地沿岸で進む防潮堤建設工事をめぐり、仙台弁護士会は24日、宮城県と仙台市に対し、一定規模の工事には環境影響評価を義務付けるよう条例改正を求める意見書を発表しました。意見書は「生物多様性の保全は重要な人権課題だ」と指摘。防潮堤を大型化させる工事が自然環境や沿岸漁業に影響を与えるのに、環境影響評価の対象から外れている点に懸念を示しています。迅速な復旧・復興が求められる工事と環境保全のバランスを取るため、既存の環境影響評価より簡易な評価制度を条例に導入するよう提言しました。また、費用対効果を精査して必要性の乏しい防潮堤建設計画は見直し、住民から建設の合意を得るために協議会を設けるといった配慮をすることも求めています。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140725_07.html大谷海岸でも、3年経って、海が蘇りつつあることが確かめられており、こうした観点が大事だと思います。

*福島第一原発のがれき撤去で飛散した放射性セシウムが昨年八月、数十キロ離れた水田のコメなどを汚染した可能性が出ている問題で、東京電力は二十三日、この撤去作業で飛散した放射性物質が一兆一二〇〇億ベクレルに上ったとの推計結果を原子力規制委員会の廃炉に関する会合で説明しました。
第一原発では昨年八月中旬、作業員計十二人の頭部などから相次ぎ放射性物質が検出され、敷地内で放射性物質の濃度上昇を示す警報が鳴りました。東電は3号機原子炉建屋のがれき撤去が原因とみており、免震重要棟前で観測された放射性物質濃度を基に毎時二八〇〇億ベクレルの放出が四時間続いたとして試算。平常時の放出量は毎時一〇〇〇万ベクレルのため、一時間当たり二万八千倍に相当する。東電は「敷地外の汚染との関連は分からないが、がれき撤去での飛散防止対策は強化する」としています。

* 九州電力川内(せんだい)原発が立地する鹿児島県と薩摩川内市は二十七日、原発事故時に甲状腺被ばくを防ぐ安定ヨウ素剤を、原発から半径五キロ圏の住民に一斉配布しました。原子力規制委員会の指針に基づくヨウ素剤の配布は全国で初めてです。東京電力福島第一原発事故でヨウ素剤の配布に時間がかかったことを教訓に、事前に配布して万一の場合に備えるというものです。 ヨウ素剤は三年で新しいものに取り換える。その間の管理は住民に任されるため、誤飲の防止や保管を徹底できるかなどが課題となります。http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2014072802100013.html
これらの記事に接しながら、この、実はとてつもない異常さがさしたる違和感もなく聞き流されていくことにゾッとします。

ゴジュウカラ 2014/07/28(Mon) 13:56 No.291
仙台空港とカジノ施設

 継続審議になっているカジノ法案を本格審議入りさせるために、自公民の衆議院議員6名がシンガポールのカジノ施設の視察に出かけたという記事を読みました。(朝日・7/24)この法案が次の国会で通れば、仙台空港周辺もカジノを含む大レジャーランドになっていくのかと、心配です。地元の人は望んでいるのでしょうか?復興は地元の人々の要望に沿って進めてほしいですし、私は賭博場はどうかな?と。美しい三陸の海に面した趣のある空港周辺になってほしいです。

昆布 2014/07/26(Sat) 16:27 No.290
週刊歌津110

* 「南三陸木の家づくり互助会」の活動について。
昆布さんの投稿にありましたが、ネット検索で活動状況の一端が分かりました。
1)茨城県の生活協同組合の施設建て替え工事に、南三陸産の木材が使われることになり、5月28日、出荷式が行われました。出荷式には、町長や関係者などおよそ30人が出席しました。今回の出荷は「南三陸木の家づくり互助会」が震災後、交流を重ねてきた茨城県生活協同組合の施設の建て替え工事に使う木材を依頼されたもので、南三陸産のスギとマツが運ばれます。南三陸町佐藤仁町長は「町内で林業を営む方のみならず町としてもうれしいことだと思います」と話しています。出荷された木材はしばらく乾燥させた後登米市のプレカット工場で加工され、今年10月末ごろまでに茨城県に到着するということです。5月22日、23日には、まず梁に使用する松の木の製材が行われました。8mもの大きな木が何本も太鼓挽きに製材されました。 見事な梁として、パルシステム茨城さんの組合員さんに見上げてもらえる日が楽しみです。http://www.cb-kyokai.jp/最近のトピック/パルシステム茨城日立館建設/

2)4月の活動報告によれば、南三陸町の戸倉地区に、板倉の家ができました。今回は木造の集会所です。志津川湾を見下ろす高台に建ちました。「戸倉さんたろう」の愛称を持つこの家も杉の木がふんだんに使われています。これなら化学物質フリーです。3間×4間の小さな敷地なのですが、南北に下屋をのばしたせいか、大きな母屋のような外観となりました。

3) 1月20日(月)「松野や」オープンしました。南三陸町にお越しの際は、一度お立ち寄りください。地元の杉も使って建てた木造の食堂です。杉の香り一杯でお越しになるのをお待ちしています。 営業は、平日10時から15時。
「松野や」のこだわりの建築過程や、ボランティアの活動など写真入りの詳しい報告も1)に引用のホームページから見ることが出来ます。

4) 地域再生コミュニティビジネス推進協会は、南三陸町にて木造住宅建設を震災復興の軸として、東日本大震災により被災した地域を再生することを目的にして活動しています。
南三陸町にはモデルハウス「さんたろう館 Mタイプ( 述床面積25坪 1,500万円)」を建設し、さらに3タイプ の見取り図も用意してみんなで建て合う住宅建設を目指しています。詳しくはhttp://www.cb-kyokai.jp/南三陸町-木の家で循環型のくらし/を御覧ください。

* 宮城県内で建設が予定されている災害公営住宅の全戸完成時期について、県は当初見込んでいた2015年度末を2年先送りする方針を固めました。被災地での土地造成工事の遅れが響き、県内の全整備戸数1万5561戸のうち、24.4%に当たる3800戸が16、17年度中に完成がずれ込むとのこと。仙台をはじめ塩釜、岩沼、亘理町など14市町は、全計画戸数の整備が当初計画通りに終了する見込みですが、南三陸町は15年度は3割にとどまり、16年度にようやく6割弱に達し、残る4割は17年度になるとのことです。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140718_03.html

*SNS写真集のページに、三陸鉄道南北リアス線乗車の際に撮った写真がアップされています。ご覧いただけますでしょうか。同じ時期に六ケ所村まで足を伸ばしました。原発日本の同時代を成人で過ごしながら、こうした事態を迎えるまで他所事のように暮らしてきたことを日々悔やみながら、早くから問題を訴え、生活をかけて奮闘していた方々の活動を少しずつ学び
現地のことを少しでも知り、今からできることは何かを考えて行きたいと思っています。「フクシマ」も「ロッカショ」も「サイカドウ」もまだまだこれからです。

ゴジュウカラ 2014/07/21(Mon) 14:47 No.289
入居間近・災害公営住宅によせて

 週刊歌津109の、南三陸町の災害公営住宅・入谷住宅51戸が完成し8月1日から入居が始まるというニュースをとてもうれしく読みました。入居される方はどんなに待ち遠しかったことでしょう。名足地区も同じ時期に33戸の入居が始まるとのこと。3年半も待ってようやくですね。でも、まだまだ待ち続ける人もたくさんいらっしゃいますよね。「平成の森」仮設住宅の方の見通しはどうなのでしょうか?入谷地区といえば、昨年12月1日の週刊歌津80に、「南三陸木の家づくり互助会」ができ地元の森林を活用して家づくりをすることで、地域の活性化につなげようとする取り組みが出ていました。その第1号住宅は「共同食堂松のや」ということでした。その後、この取り組みはどうなっているのでしょうか?国がすすめる災害公営住宅の建設と相俟って、住民の互助会がすすめるこのような取り組みも活発になっていってほしいと思いました。互助会の取り組みはなんといっても地元を大切にという思いから始まったものでしょうから。

昆布 2014/07/15(Tue) 17:03 No.288
週刊歌津109

* 南三陸町初の災害公営住宅として、8月1日に入居が始まる同町入谷の入谷住宅(51戸)で12日、入居者を対象とした見学会が開かれ35世帯約60人が参加しました。入谷住宅は鉄筋コンクリート造3階の集合住宅2棟計42戸と、木造の一戸建て9戸が。入居者は完成目前の部屋や家をじっくりと見渡し、暮らしの本格復興に向け思いを新たにしていました。同時期に入居が始まる同町名足の名足住宅(33戸)では13日に見学会を行います。同町の災害公営住宅は入谷、名足を含め8カ所に計770戸の建設が予定されています。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140713_05.html

* 東日本大震災で被災した青森、岩手、宮城、福島4県の知事らが10日、2015年度までとなっている東日本大震災の集中復興期間を延長し、十分に財源を確保するよう政府や自民党に求めました。復興庁では、宮城県知事が「人手と資材不足で15年度までに終わらない事業が多く、特例的な支援を続けてほしい」と訴え、復興相は「事業状況と財源を見極め、必要な事業は進めたい」と答えました。自民党本部では、党東日本大震災復興加速化本部の大島理森本部長が対応し、「最も大事なのは財源の確保。集中復興期間の延長という言葉よりも実を取ることが必要だ」と述べました。政府は、集中復興期間中の予算枠として25兆円を確保していますが、16年度以降の財政措置については明確な方針を示していません。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140711_04.html

* JR東日本盛岡支社と三陸鉄道はJR運行の山田線盛岡−宮古間と、三鉄運行の宮古−久慈間を相互に乗り入れる直通列車を8月8〜17日の10日間、運行します。1日上下1本ずつで、盛岡発が午前10時3分、久慈発が午後0時15分。盛岡−久慈間の片道運賃は大人3790円、子ども1890円。車両は3両編成で全て自由席。JRが先頭車に展望席がある特別編成の「Kenji号」(定員130人)、三鉄はレトロ車両2両に普通車両を連結した車両(定員146人)を運行するそうです。昆布さんの投稿(No283)で指摘されていますが、相互乗り入れの意味がよくわかりません。イベント列車を一日一本乗り入れるより、JRと三鉄の乗り継ぎダイヤを接続するほうがずっとありがたいと思うのですが。また、三鉄南北リアス線を分断している運休中のJR山田線(宮古−釜石間、55.4キロ)について岩手県知事は8日、宮古市であった県政懇談会で、JR東日本が提示している第三セクター三陸鉄道(宮古市)への運行移管案に前向きな考えを示しました。知事は移管案について「詰めの調整をしている」とした上で「JRも地元側も鉄路復活ということでは一致した。復活はさせる。経営の仕方についても悪いようにはならない」などと語りました。山田線をめぐってはJRが2月、鉄路復旧した上で三鉄に運行を移管する案を沿線4首長に提示。赤字補填(ほてん)額や施設保有のあり方について、JRと自治体側で協議していますが、県政策地域部の担当者は「交渉は、本年度に入ってからJRと同じ方向を向き始めた」と説明しています。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140709_08.html

ゴジュウカラ 2014/07/14(Mon) 15:46 No.287
週刊歌津108

* サッカーのワールドカップ(W杯)ブラジル大会で日本代表主将を務めた長谷部誠選手(30)が30日、東日本大震災で被災した園舎の再建を支援した宮城県南三陸町のあさひ幼稚園を訪れました。
 長谷部選手が園庭に姿を現すと、約40人の園児が一斉に駆け寄り、手をつないで園舎に招き入れた。「長谷部選手お帰りなさい」。園児が声をそろえてのあいさつに、長谷部選手は「ただいま」と表情を和らげた。
 園には約2時間滞在し、園児一人一人と触れ合った。人形劇では子ヤギを襲って懲らしめられるオオカミの役を熱演。園児と一緒に、園の行事で使う「たこちょうちん」を色画用紙とクレヨンで作ったり、昼食の弁当を食べたりしました。
 園は東日本大震災の津波で全壊し、長谷部選手が1億1700万円を寄付して再建が実現しました。長谷部選手は2011年12月から園を毎年訪れ、今回が4回目。「けがのリハビリやW杯の際に手紙などで励ましてくれた園児に直接感謝したい」と言う長谷部選手の強い希望で、6月27日の帰国直後の訪問となりました。
 長谷部選手は「今の僕に一番必要なのは癒やし。園児と遊んで僕の方が癒やされた」、「園児は常に明るく元気。でも周囲を見ると復興にはまだ時間がかかりそう。園を訪れ続けるのが僕の使命であり責任だと考える」と語りました。「河北新報」2014年07月01日火曜日

* 宮城県南三陸町は30日、志津川市街地の八幡川右岸約24ヘクタールの土地利用に関する住民説明会を町役場で開きました。公園ゾーンを旧役場庁舎とJR志津川駅の周辺に限定し、買収面積は大幅に縮小。公園ゾーン以外は民地活用ゾーンとして、地権者それぞれの土地活用を促進するように当初の計画を変更し、町は方針転換への理解を求めまし た。
 復興祈念公園では、旧役場庁舎付近を鎮魂や追悼のための「慰霊の場」と設定。周辺に憩いの空間「メモリアル広場」を造り、西側のJR志津川駅付近には避難場所として海抜約20メートルの築山を整備します。5ヘクタール前後を想定する公園の規模や内容は変更もあるということです。「河北新報」2014年07月01日火曜日

* 宮城県は27日、現状では2015年度までとなっている東日本大震災からの集中復興期間が延長されなかった場合、県や被災市町に及ぶ影響額の試算結果を公表しました。それによると、復興事業に必要な財源を捻出するため、県と沿岸15市町は16年度から5年間で地方債の計5100億円の追加発行を迫られ、一般財源からの充当額も計5280億円の増加を余儀なくされます。村井知事は、集中復興期間の延長がないと県は県債2900億円と一般財源2950億円、被災15市町は地方債2200億円と一般財源2330億円を追加し、充当しなければならないことを説明。県は16年度から5年間の復興事業費総額を2兆4856億円と見積もっている。災害復旧事業や復興交付金事業に対する国庫補助率かさ上げ、震災復興特別交付税など集中復興期間で適用される特例措置がなくなる想定で、影響額を算出しました。村井知事は「もともと財政力が弱い県、被災市町は財政運営が極めて困難になる」と強調。15年度政府予算の最重点要望項目として、集中復興期間延長を求める考えをあらためて示しました。

* 高濃度放射性廃棄物最終処分場候補地として、環境省はことし1月の市町村長会議で3市町を「詳細調査候補地」として提示していますが、選定に当たっては事務方の現地調査にとどめ、既存の知見やデータを用いただけであり、3町は、選定根拠を強く批判しています。。
 今回要請している詳細調査の目的について、環境省は「1カ所に絞り込むには、追加の情報を得て安全面に支障がないことや、処分場建設が可能かどうかを確かめる必要がある」と説明し、主な調査項目は(1)地質や地盤、地下水(2)候補地へのアクセス−など。具体的には地盤を掘削するボーリング、ダイナマイトなどで人工的に発生させた地震波の伝わり方を解析する探査、地盤の水の通しやすさを把握する試験、地下水流量や水質測定などを見込み、アクセス面では沿道の学校など公共施設や商業施設の位置、除雪・雪崩対策などを調べるとしています。
 3候補地の調査には数カ月かかる見通しで、この調査結果を基に、国の有識者会議が安全性を評価して最終的に国が1カ所の候補地を示したいとしています。環境副大臣は河北新報社の取材に「基本的には、市町の意向を確認せずに強制的に詳細調査をすることは考えていない」と話しました。
 国が詳細調査を急ぐ背景には、2012年3月公表の指定廃棄物処理方針があるとみられ、「14年度末をめどに必要な最終処分場の確保を目指す」と掲げています。
http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140628_03.html 
* 東日本大震災で被災したJR気仙沼線の復旧をめぐり宮城県南三陸町が実施した町民アンケートの結果がまとまりました。バス高速輸送システム(BRT)で代替運行している柳津−気仙沼間について、鉄路復旧を望む意見は48.5%で、「BRT継続がよい」の18.2%を上回り、分からない・無回答は33.2%。BRTの利用頻度については「利用しない」が65.5%と最も多く、「年に数回」の16.4%、「月に2〜3日」が5.3%。「ほぼ毎日」の2.8%を含め週に1日以上利用する人は計6.0%。利用目的(複数回答)では、通院が43.8%で最も多く、買い物30.3%、親戚・知人宅への訪問20.3%、通学10.8%の順。「地域・アンケートは高校生以上の全町民1万2933人を対象に今年3〜4月に実施した。1168人が回答し、回答率は9.0%でした。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140627_08.html

* 福島第1原発事故により発生した指定廃棄物の最終処分場建設地選定をめぐり、宮城大医学部栗原キャンパス構想と取引に使われないかとの懸念が宮城県栗原市内でくすぶっていす。24日閉会の栗原市議会6月定例会で「市民が心配している」との質問が相次いでおり、バーター(取引)を懸念する声は春先からあがっていて、処分場建設に対する警戒感の根強さをうかがわせます。佐藤市長と村井知事の関係にも触れ「処分場の候補地選定で膠着(こうちゃく)状態が長引けば、国や県につながりが深い市長を頼りにして協力を要請してくる可能性はゼロと断じがたい」との声もあります。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140627_07.html

ゴジュウカラ 2014/07/06(Sun) 11:01 No.286
被災地での社員研修

 6/30(月)の朝日新聞に‘被災地で社員研修する企業が増えている’という記事が載りました。南三陸の水戸部仮設住宅には積水ハウス(大阪)の5人の男女の新入社員が3日間いろいろ手伝いながら、津波のときの話も聞いた。4月から6月にかけて計460人が参加。東芝(東京)は4月に約40人が南三陸の波伝谷漁港でメカブの根と茎を切り分ける作業を手伝った。そのほか、いくつかの企業が早くは2011年から、被災地での研修をおこなっているとのことで、「南三陸ホテル観洋」では‘多いときは一度に600人もやってくる企業もあった’と話しているそうです。被災地の方でも、人手が足りず、助かる面と、外部の企業の社員と交流でき刺激もうけられると。新入社員も自分の目や耳で直接見聞きしたことは、これからの生き方や社会を見る目を養うことに役にたつことだろうと思います。新聞は‘相乗効果’と報じています。福島県では「生業を返せ、地域を返せ」福島原発訴訟が始まっています。被災地から何を学ぶかを訴訟を見つめながら、新入社員はじめ各企業の将来に生かしてほしいと思いました。

昆布 2014/07/04(Fri) 08:35 No.285
週刊歌津107

先週末念願の三鉄全線乗車を果たしました。私事の感激に流されるのはお恥ずかしい限りですがしばしご容赦くださいますよう。
* 仙台駅を起点として第一日は北リアス線に乗車。JR八戸線の八戸ー久慈間が一向に復旧しない中、北リアス線は、震災のたしか3日後に一駅区間のみとはいえ車両を走らせたという報道に感激したことを思い出しつつ三鉄久慈駅から乗車しました。土曜日の昼で、予期せずイベント列車に乗り合わせたせいもあり、数組の団体客を含めて乗車率は120%ほどの混雑ぶり、3両編成のうち2両はクウェートの支援による新車両で、レトロ調の内装に車内電光表示設備を装備した豪華仕様に加え、「あまちゃん]の衣装を着た女性乗務員がお弁当やグッズの販売を行うなど観光列車そのものでした。車内放送では一駅ごとに沿線の見どころが案内され、撮影ポイントでは一時停車するサービスぶりで、それなりの賑わいは期待していましたが正直のところ少し驚きました。
* 4月の全線開通まで復旧できなかった田野畑ー小本間は、中間の島越駅の激烈な被災状況を報道で知っていましたので、現況を是非見たいと思い途中下車し、次の列車までの二時間ほどを周辺の散策で過ごしました。線路も駅舎も港に続く平地から40段ほど上る高さにあるのですが、津波でそれらはすべて流され、山側の住宅も高台の二軒のみがかろうじて残されたという惨状が、駅舎に掲示された「before」写真との対照でよくわかります。今は線路も駅舎も真新しく再建され、隣接して「観光交流センター」になる瀟洒な建物が内装工事に入っていました。港まで降りると漁港の改修工事が始まってはいますが、津波に砕かれたコンクリートの瓦礫がこやまをなして浮かび、漁業者の漁具倉庫と思われる一並びのプレハブの建物はシンと静まり返っていました。駅舎周辺で見渡せる範囲には仮設住宅の建物も見当たらず、集落の再生にはまだまだ長い日々がかかりそうです。
* 宮古ー釜石間は、昆布さんの投稿にあるように、JR山田線の部分運休が続いているため宮古からグルリと盛岡を回らなければ南リアス線の起点釜石に出てこれません。沿線住民、自治体は鉄路の復旧をJRに強く求め、国交相も「繋がってこそ鉄道」とはいうのですが、JRには赤字路線の負担をこの際自治体や三鉄に押し付けたいという思惑があって協議が難航しています。
* そういうわけでいったん仙台に戻り第二日目に南リアス線乗車を目指します。JR新花巻から釜石線で釜石まで出て、三鉄釜石ー盛まで。すでに盛ー吉浜間は以前から何度か乗車済みでしたが、釜石ー吉浜間がこの4月にようやく復旧したわけです。日曜日とあってこの日も三両編成のイベント列車の運行、乗車率も前日同様120%ほどの盛況で、団体客も3、4組。以前にはなかった車内放送による沿線案内も充実していて、いくつも新しい知識を仕入れることができました。吉浜のアワビ、恋し浜のホタテ。いずれも全国銘柄の特産品で津波の被災を乗り越えて元気に復興していることがうれしいです。実は今回、食いしん坊な目的がありました。知る人ぞ知る盛駅徒歩5分のお店の「恋し浜ホタテバーガー」。4度目の正直で今回ようやく念願をかなえました。定休日を知らなかったり、ホタテの貝毒でダメだったりしていたのですが、まさに「これぞホタテ!」の逸品に美味しさも一入でした。
* 観光として三鉄を選ぶ方々が各地から訪れ、これだけの盛況をみせている事は、何はともあれ喜ばしいと思います。とはいえ、観光資源としての永続性は決して明るい見通しがあるとは言えないのも現実でしょう。地域の人々の生活に根ざした三陸沿岸の鉄道体系の復旧復興を心から願いたいと思います。

ゴジュウカラ 2014/07/02(Wed) 00:39 No.284
三陸鉄道とJR

 三陸鉄道が今年の4月6日、全線で運行を再開したとき、沿線住民をはじめ多くの人がどれほど喜んだかが思い出されます。しかし、三鉄の経営は依然として赤字なんですね。JRは被災した線路の復旧には消極的でなかなか話がすすみませんが、赤字路線だからということなのかと疑ってしまいます。週刊歌津106によりますと、今年の8月、JR(山田線:宮古ー盛岡間)と三鉄(宮古ー久慈間)の相互乗り入れ企画列車を走らせる計画があるとのこと。そうすると、JRも三鉄も少し儲かるということなのでしょうか?どんな効果をねらっているのでしょうか?いずれにせよ、赤字路線でも何とか公共交通の役目を果たそうとしている三鉄を少しでも応援できる手立てはないものかと思うのですが。

昆布 2014/06/25(Wed) 19:32 No.283
週刊歌津106

* 東日本大震災前、南三陸町志津川の八幡川右岸には役場や公立志津川病院などがあり2011年12月に策定した町震災復興計画では、復興を象徴して、防災機能を備えた多面的な役割の公園を整備する区域とされました。町は復興交付金での記念館や慰霊碑、避難用の築山、遊歩道などの配置を検討していましたが、町によると、復興庁は「面積が広すぎる」「防災面での効果が不明確」などと指摘し、復興交付金の配分には終始難色を示していたため、町は今月下旬にも通知される第9次申請の協議の中で従来の構想を撤回し、交付金が認められる範囲内での公園整備を目指すことにしました。従来の構想では対象の24ヘクタールの土地を町が取得する方針でしたが、見直しで買収する面積は半分以下に縮小する見通しです。当初の買収対象から外れる地権者も多くいるとみられ、町は八幡川右岸の地権者を対象に説明会を開きます。町長は「復興祈念公園は震災の犠牲者に手を合わせる鎮魂の場であり、必ず造る。規模は縮小するしかなく、買い上げを期待していた地権者には丁寧に説明して理解を求めたい」と話しました。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140618_03.html

* 都市再生機構(UR)は20日、宮城県南三陸町志津川地区で進める復興まちづくり事業の造成現場を報道関係者に公開しました。町内の高台からかさ上げ用土砂を搬出する作業が本格化しつつあり、URは土地登記を含めて2018年度の完了を目指します。計画では約120ヘクタールに災害公営住526戸、集団移転の宅地359区画を整備しますが中心部のかさ上げには計340万立方メートルの土砂が必要とみられ、昨年7月の着工以降、1割程度の運搬を終えたところです。町東部にある南三陸病院・総合ケアセンター(仮称)の建設予定地は、今月末に町に引き渡す予定とのこと。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140621_09.html

* 岩手県などが出資する第三セクター三陸鉄道(宮古市)は16日、盛岡市で株主総会と取締役会を開き、2013年度決算を承認、経常損失は前年度比56%増の2億1482万円で20年連続の赤字でした。県や沿線8市町村による補助金を加え、当期損失は5117万円に圧縮されます。
 NHK連続テレビ小説「あまちゃん」効果で輸送人員は11万人近く増えて49万7515人。震災の学習列車、こたつ列車なども好評でした。一方原油価格の高騰などで燃料費が増え、経常費用は前年比8153万円増の5億6282万円に膨らみました。全線開通した4月は、震災前の10年度の99%に当たる6万4923人が乗車しましたが、駅周辺の人口減などで定期利用は10年度の46.5%にとどまりました。
 記者会見した三鉄社長は、JR東日本が運行する山田線盛岡−宮古駅間と三鉄運行の宮古−久慈駅間を相互に乗り入れる企画列車を、8月中旬に走らせる計画を明らかにしました。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140617_07.html

* 石原環境大臣の「金目]発言が問題になっています。どう釈明しようと、言い繕ろおうと、挙句に発言を取り消そうと、放射線廃棄物の処理を巡る政府の認識レベルが「金目]の域を出ないことは明白です。宮城県でも、高濃度廃棄物の最終処分場候補地とされた三地域は「選定根拠」の非科学性に強い憤りを示し決着の見通しは全くありません。仮に原発事故・災害が起こらないとしても、使用済み燃料や老朽化による廃炉の廃棄物の処理は、近い将来に必ず直面しなければならない重大問題であり、廃炉の先行国であるドイツやフランス、アメリカなども危険を抱えたまま最終解決には程遠い試行錯誤の状況にあることをリアルかつ切実に直視しなければならないでしょう。地球史における「今]、パンドラの箱を開けてしまった責務をどう果たしていったらいいのかをまさに地球人として考えなくてはならないと思います。

ゴジュウカラ 2014/06/21(Sat) 20:45 No.282
週刊歌津105

* No.280昆布さんの投稿で「日本全国の原発から250キロ圏内の人々は原発の影響を受ける当事者だということになります。このことを日本のどこに住んでいても、自分のこととして受け止め、これからの運動をもっと大きくしていきたいと思いました」と書いておられます。250キロという数字はう2020オリンピック招致に際してフクシマの影響を不安視する国際世論への弁護として持ち出されたことが忘れられません。自分だけ、東京だけ良ければいいというのかと仙台在住者として怒り倍増でした。しかし原発列島日本では、どこにいても原発は我が事なのだという現実を本当に直視しなければならないのですね。3・11の被災から3年数か月をへて、どうしても「ウチのこと、ヨソのこと」という意識の隔たりが大きくなっていきます。そうではなくて、ともに原発列島、地震・津波列島に住むものとして学びあえる教訓を生かしていかなければと痛感します。
以下に仙台市在住の民俗研究家結城冨美雄さんがブログに書かれた文章の一部を引用させていただきます。誰もが被災者になりうる災害列島に住む者として本当に必要なものは何かについて考えさせられました。
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[漁の花暦]

震災後2年もたつと花が植えられた。観賞用ではない。漁の花暦だ。フジの花が咲けばタイが捕れ、彼岸花ならハゼが捕れるなど、花の時期で何が捕れるか分かる。再び漁で生きていくという意識の表れだ。何種類も植えているのを見て、「また漁をやるのか」と尋ねると「まあな」と答えが返ってきた。それは丘仕事(農業)も同じだ。

「農地と人」一体のもの

 自然を相手に生きていくため、地域には、さまざまな知恵があった。資源を守るため漁の解禁や漁具の規制、村の共有地の運営、お年寄りの雇用の場づくりなど。
落後者を出さず、助け合い、金がなくても自然の恵み、ごちそうが次々にやってくる、地域に住む人は「本当はここはいい所」と皆が言う。
家もない、仕事もない人が再びここで生きてみようと、復興の主体が生まれつつある。しかし、今行われ、示されている復興支援策は、現場に暮らす人の願いに耳を傾けているものは少ないと感じている。大規模化、法人・企業化、6次産業化など、経済的な解決策に限られている。
しかし、金があったから何百年も村が続いてきたのではない。地域に住む人の力を侮ってはいけない。例えば2010年の世界農林業センサスの年齢別農業就業人口では、80歳以上が38万人、全体の15%に上る。これは50歳未満より多い。全体の5割を70歳以上が占める現状がある。

 しかし農政は、農業の大規模化という頭でしか進んできていない。米は分かるが、手間の掛かる野菜から発想する必要がある。農地と人をセットにして、農業を考えなければいけない。高齢者が「俺にもやれる」「私にもできそうだ」ということに対応することが必要だ。
多くの被災者は、なかなか声を上げることができないでいる。仮設住宅に入り集落がばらばらになり、今も震災の心の傷で悩み、やることもない。ある女性がこんな心の内を話してくれた。「全国から支援を受けて助かるが、もらい癖が付いたような気がする。そんな自分が嫌いで、情けない」と。支援のお返しをするように提案したら、海女料理をボランティアに振る舞い始めた。料理の反響はすごく、褒められた女性は「肩の荷が下りた」とその後もお返しを続けている。
 震災で失われたのは、自然と共に生きる人々の仕事と暮らしだ。その視点で復興を考えるべきだ。地域の力、村の力で支え合うことで、互いに助け合う新しい形の営農組織が生まれるはずだ。https://kacco.kahoku.co.jp/scrapbook/W6OQGRLW

ゴジュウカラ 2014/06/16(Mon) 08:28 No.281
大飯原発差し止め判決

 福島原発事故以来3年余、原発をゼロに!という声をあげつづけてきた一人ひとりにとって、とてもうれしい励まされる判決でした。訴訟の原告団長代表の中嶌哲演さんは、福井県小浜の明通寺の住職で、敦賀や若狭地域に原発設置の動きがはじまった40年以上も前から「原発設置反対小浜市民の会」で活躍して来た方です。彼が判決後、語っています。判決の主文で大飯原発から「250キロメートル圏内に居住する」原告との関係で原発を運転してはならない、とのべていることがきわめて重要だと。日本全国の原発から250キロ圏内の人々は原発の影響を受ける当事者だということになります。このことを日本のどこに住んでいても、自分のこととして受け止め、これからの運動をもっと大きくしていきたいと思いました。法廷闘争では、福島で避難生活を余儀なくされている人々の声を極力紹介し、フクシマやチェルノブイリの現実がこの判決を導き出しているとのことでした。中嶌さんは法廷で「原発はいちどに何もかもを/奪っちまった。/原発さえなかったらと/壁さ チョークで遺書を遺して/べこ飼いは首を吊って死んだ。/一時帰宅者は/水仙の花咲く自宅の庭で/自分さ火つけて死んだ/放射能でひとりも死んでいなだと・・・/この うそこきやろう 人殺し/原発は 田んぼも畑も海も/ぜーんぶ かっぱらったんだ・・・」(青田恵子「拝啓東京電力様」から)という詩を大きな声で読み上げたそうです。フクシマの人々のことをいつも考えながら、原発ゼロに向けて巨石を投じたこの判決を生かせるよう、私もできることをしていこうという思いです。

昆布 2014/06/10(Tue) 05:41 No.280
週刊歌津104

* 5月21日に福井地裁出だされた大飯原発運転差し止め判決は、「フクシマ」という取り返しの付かない犠牲を払って得た原発国日本に住む私たち共有の教訓と財産ではないでしょうか。「美しい国」「強い国」「豊な国」を軽々に標榜する為政者は、「原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても、豊かな国土に国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の損失だ」と述べる判決を傾聴し、フクシマ被災によって「国富」を奪われ、長く続く苦難に耐え続けなければならない人々に真摯に向き合ってほしいものです。判決要旨を以下に引用させていただきます。
* * * * *

福井新聞 2014年5月21日午後8時42分

関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた21日の福井地裁の判決要旨は次の通り。

 【主文】
大飯原発3、4号機を運転してはならない。

 【福島原発事故】
原子力委員会委員長は福島第1原発から250キロ圏内に居住する住民に避難を勧告する可能性を検討し、チェルノブイリ事故でも同様の規模に及んだ。250キロは緊急時に想定された数字だが過大と判断できない。

 【求められる安全性】
原発の稼働は法的には電気を生み出す一手段である経済活動の自由に属し、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきだ。自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広範に奪われる事態を招く可能性があるのは原発事故以外に想定しにくい。具体的危険性が万が一でもあれば、差し止めが認められるのは当然だ。

 【原発の特性】
原子力発電技術で発生するエネルギーは極めて膨大で、運転停止後も電気と水で原子炉の冷却を継続しなければならない。その間、何時間か電源が失われるだけで事故につながり、事故は時の経過に従って拡大する。これは原子力発電に内在する本質的な危険である。

施設の損傷に結びつく地震が起きた場合、止める、冷やす、閉じ込めるという三つの要請がそろって初めて原発の安全性が保たれる。福島原発事故では冷やすことができず放射性物質が外部に放出された。

 【大飯原発の欠陥】
地震の際の冷やす機能と閉じ込める構造に欠陥がある。1260ガルを超える地震では冷却システムが崩壊し、メルトダウンに結びつくことは被告も認めている。わが国の地震学会は大規模な地震の発生を一度も予知できていない。頼るべき過去のデータは限られ、大飯原発に1260ガルを超える地震が来ないとの科学的な根拠に基づく想定は本来的に不可能だ。

被告は、700ガルを超えるが1260ガルに至らない地震への対応策があり、大事故に至らないと主張する。しかし事態が深刻であるほど、混乱と焦燥の中で従業員に適切、迅速な措置を取ることは求めることができない。地震は従業員が少なくなる夜も昼と同じ確率で起き、人員の数や指揮命令系統の中心の所長がいるかいないかが大きな意味を持つことは明白だ。

また対応策を取るには、どんな事態が起きているか把握することが前提だが、その把握は困難だ。福島原発事故でも地震がどんな損傷をもたらしたかの確定には至っていない。現場に立ち入ることができず、原因は確定できない可能性が高い。

仮にいかなる事態が起きているか把握できたとしても、全交流電源喪失から炉心損傷開始までは5時間余りで、そこからメルトダウン開始まで2時間もないなど残された時間は限られている。

地震で複数の設備が同時にあるいは相前後して使えなくなったり、故障したりすることも当然考えられ、防御設備が複数あることは安全性を大きく高めるものではない。

原発に通ずる道路は限られ、施設外部からの支援も期待できない。

 【冷却機能の維持】
被告は周辺の活断層の状況から、700ガルを超える地震が到来することは考えられないと主張するが、2005年以降、全国の四つの原発で5回にわたり想定の地震動を超える地震が到来している事実を重視すべきだ。

過去に原発が基準地震動を超える地震に耐えられたとの事実があっても、今後大飯原発の施設が損傷しないことを根拠づけるものではない。基準地震動の700ガルを下回る地震でも外部電源が断たれたり、ポンプ破損で主給水が断たれたりする恐れがある。その場合、実際には取るのが難しい手段が功を奏さない限り大事故になる。

地震大国日本で、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しだ。それに満たない地震でも冷却機能喪失による重大な事故が生じうるなら、危険性は現実的で切迫した危険と評価できる。このような施設の在り方は、原発が有する本質的な危険性についてあまりに楽観的だ。

 【使用済み核燃料】
使用済み核燃料は原子炉格納容器の外の建屋内にある使用済み核燃料プールと呼ばれる水槽内に置かれている。本数は千本を超えるが、プールから放射性物質が漏れた時、敷地外部に放出されることを防御する原子炉格納容器のような堅固な設備は存在しない。

福島原発事故で、4号機のプールに納められた使用済み核燃料が危機的状態に陥り、この危険性ゆえ避難計画が検討された。原子力委員会委員長の被害想定で、最も重大な被害を及ぼすと想定されたのはプールからの放射能汚染だ。使用済み核燃料は外部からの不測の事態に対し、堅固に防御を固めて初めて万全の措置といえる。

大飯原発では、全交流電源喪失から3日たたずしてプールの冠水状態を維持できなくなる危機的状況に陥る。国民の安全が優先されるべきであるとの見識に立たず、深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しで対応が成り立っている。

人格権を放射性物質の危険から守るとの観点からみると、安全技術と設備は、確たる根拠のない楽観的な見通しの下に初めて成り立つ脆弱(ぜいじゃく)なものと認めざるを得ない。

 【国富の損失】
被告は原発稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いという問題を並べて論じるような議論に加わり、議論の当否を判断すること自体、法的には許されない。原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても、豊かな国土に国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の損失だ。

被告は、原発稼働がCO2(二酸化炭素)排出削減に資すると主張するが、福島原発事故はわが国始まって以来最大の環境汚染であり、原発の運転継続の根拠とすることは甚だしく筋違いだ。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3728.html
* * * * *
判決原文は以下をどうぞ。
http://www.cnic.jp/wp/wp-content/uploads/2014/05/e3ebefe20517ee37fc0628ed32be1df5.pdf
http://www.cnic.jp/wp/wp-content/uploads/2014/05/8d7265da36628587548e25d7db234b7d.pdf

* SNS写真集のページはずっと更新されていませんでしたが、ようやく最近の歌津、志津川の様子が見られます。サッカーワールドカップももうすぐ開幕ですが、志津川ベイサイドアリーナ近くには、日本代表キャプテン長谷部誠選手の尽力で建てられた素敵な幼稚園があります。そんな写真も含めてようやく目に見えるようになった町の再建の様子を御覧ください。

ゴジュウカラ 2014/06/07(Sat) 17:32 No.279
週刊歌津103

hNo273で触れましたコミック雑誌掲載の「美味しんぼ」、仙台では発売2日後にいくつかの書店を回りましたがみな売り切れでした。単行本になったら読めるでしょうか。コミック雑誌としては異例ながら賛否の見解が10ページほど掲載されているとのことでしたが、単行本にそれも収録されるのかどうか・・・以下に、この問題について映画監督の舩橋淳氏がメルマガに載せておられる見解を全文引用させていただきます。ご存知の通り氏はドキュメンタリ映画『フタバから遠く離れて』の作者。私は氏の見解は問題の核心をとらえていると思います。

* * * * *
「美味しんぼ」の鼻血問題についてk、双葉町や僕の知っている方々も巻き込まれて物議をかもしているので、僕の意見を表明したいと思う。

騒ぎだけがヒステリックに大きくなっているので、まず事実関係をちゃんと把握する必要があると思い、「美味しんぼ」の第604話や、単行本第110巻「福島の真実」を読んだ。感想としては、地に足の着いた直接取材に基づく、一次情報としての現実描写であるということ。その冷徹で忠実な客観性は、殆どドキュメンタリーのそれである。

福島の農家がいかに安全基準をちゃんとクリアすることに苦心し、おいしい農産物を売ろうとしているかを活写している。さらに第110巻では、業者の買い控えにより財政的な苦境に陥っている農家を描き、その真の原因は、福島第一原発から今も漏れ続けている放射性物質であると、山岡士郎・海原雄山らキャラクターの弁を借り、痛烈な批判をしている。
「福島の真実」全編を読むと、福島の豊かな食文化に対する畏敬の念と愛情、それを育んで来た土壌・自然が失われてしまったことへの嘆きが痛切に描かれている。そして、そんな状況を引き起こした東京電力と何も有効な策を打ち出せずにいる行政に対する原作者・雁屋氏の憤りがひしと伝わってくる。

福島の人々を貶めようとする意図など全くないのは一目瞭然。むしろ、その逆であり、全編が福島への愛情で貫かれていることを、この件について意見する人間はまず自分の目で確かめて欲しい。

その後、双葉町役場と話してみた。
ここ数日、役場に電話が殺到したそう。本当に「鼻血の事実があるのか」「そんな話はきいたことないのに、勝手に広めていないのか」などの苦情が多かったそうだ。だから、町としてもちゃんと対応していることを示すため態度を表明した=小学館に抗議文を送った、そうだ。

町としては健康福祉課で調査したところ、鼻血の症状が顕著にでている例はなく、被ばくとの直接関係は(漫画のとおり)立証されていないそう。だから、井戸川前双葉町長の鼻血の例をとって、福島県の多くの人が鼻血を流している、ととられる表現は、事実に反するのではないか、というのが双葉町役場の立場だった。

僕自身は映画「フタバから遠く離れて」「放射能 Radioactive」の撮影を通し、鼻血が止まらない経験を実際した方は井戸川さん以外あったことがない。しかし、双葉町の仮設住宅で喉がひりひりするという方、頭髪、体毛が抜けたという方には数人会ったことがあり、身体に斑点が出たという話は数度聞いている。噂を増幅させるのは福島の為にはならないので、それよりも映像そのもので見せるしかない、と僕は思っている。
鼻血に関しては多くの症例が確認できていないだけに、「今のところ」は双葉町役場の言い分も間違ってはいない、しかし継続的に裏付けをとる必要があり、鼻血の事実が確証できればそれは、すぐさま健康障害として認知するべき、というのが僕の見方だ。

実際、放射線治療の専門医・西尾正道北海道がんセンター名誉院長は

「鼻血は低い線量でも広範な粘膜が被ばくした場合よは出ても不思議ではありません。」
といっている。(引用元:http://nimosaku.blog.so-net.ne.jp/2014-05-07

昨日ご自身のFBページで写真もアップしていた井戸川さんの鼻血が、放射線被ばくによるものなのかどうか、それは検査を進めなければ立証できない。さらに、同様な症状を訴える福島県の人が出てきてもおかしくない。

今は何も分からないだけなのだ。

では、ここで重要なことは何なのだろう?

子供の甲状腺がんの異常発症など、被ばくの影響がはっきりと出ているケースは現在進行形として存在し、僕たちは噂を広めることなく、事実だけを見つめ、それを抑圧・黙殺するのではなく、"予防原則"で対策を講じてゆくことが大事なのではないだろうか。
 山岡士郎の鼻血イメージばかりをネットで拡散することこそ、状況を悪化させ、福島を貶めることに繋がる。それこそ風評被害であり、僕らは何が実害で、何が風評被害なのか、現実だけを直視する目を磨かなければいけない。

そして、敵を見誤ってはいけない。

批判されるべきは、漫画の原作者でも、事故の被害者である双葉町でもない。
ストロンチウムを含む全ての核種を検査することなく食物を市場に流し、国際基準よりもよっぽど高い20mSvの被ばく限度を敷いて人々に低線量被ばくを強いている行政こそ、僕らが糾弾し、被ばく回避のための対策を直ぐさま講じるよう求めなければいけない。

現実だけを直視し、根本原因を作った加害者の責任を問い、改善策を求めるのが、僕たちにできることだ。

* * * * *

* この間フクシマ、原発を巡って大きなニュースが次々報じられています。「吉田調書」問題、細野証言、大飯原発再稼働不許可判決、宮城県の放射性物質最終処分場問題などなど。「国民の生命、安全、生活」を守るという根幹を「集団的自衛権」解釈問題などにすり替える論調に惑わされることなく、私たち自身でしっかり見つめていかなければならないと思います。

ゴジュウカラ 2014/06/02(Mon) 12:12 No.278
週刊歌津102

晴天に恵まれた5月24日、歌津伊里前福幸商店街特設会場で開催されたHope フェスティバル・ロックフェスに行ってきました。今回で4回目。地元の志津川高校や、遠く静岡の高校からの生徒さんたち、老若とりどりのロック愛好者達が大勢集い、大いに盛り上がりました。このイベントを企画した地元の青年が熱いメッセージをネットに寄せておられますので、大変長い引用になりますがお読みいただけますでしょうか。

* * * * *
震災から3年が経過し、決して順調ではありませんが、町が、人が一歩ずつ前を向き歩み始めています。南三陸の将来を担うのは若者たちです。そんな若者たちの中には、震災後何もかも無くし、町外へ引っ越していってしまった人たちもいます。それでもこの町で生きていくと決めた人たちもいます。僕もその中の一人です。
これから、年々復興に向けて、かさ上げ・高台の造成が進んでいきます。日中はダンプカーが走り、ほこりっぽく、子供たちはバス通学を余儀なくされています。まだまだ多くの方が仮設住宅住まいです。公園も少なく、日中子供たちの遊んでいる姿を見る事も少なくなってしまいました。
土曜・日曜になると、多くの町民、特に若者が町外に遊びに出かけてしまいます。土日のわが町は、さながらゴーストタウンの状態。僕はとても悔しいです。しかし、この街でも楽しいことを見つけ、イベントを仕掛けていくことで、ここにも元気のあるヤツがいるんだ!!楽しいことが出来るんだ!と思いたい!思わせたいんです。
本来、こういった文化的復興については行政の仕事だと思います。しかし現状、行政は道路や住宅公共設備の復興で大変な状況で、こういった文化活動に対しては動けない状況です。行政が動けるようになるまでに高校性は大人になり町に誇りを持てず、町から出て行ってしまう…そうならないためにいま自分たちが立ち上がろうとしています。
未来ある子供たち、これからの南三陸を背負っていく若者たちが、このイベントを継続していくことで、大人たちが力を合わせて一つのイベント)を作る姿を子供たちに見せたい、そんな大人の背中を見て、自分の町に誇りや自信を持ってもらいたい!
高校生たちの発表の場、そしてプロミュージシャンたちとの交流の場としてイベントを継続させたいのです!また、この南三陸を、音楽のある町の象徴として県内外から人が集まるようなイベントにしていきたいのです。前を向き、この目で見て、この耳で聞いて、心から楽しんで生きていく。そんなイベントを継続して開催することで、当たり前の日常を作っていくのが僕たちの復興への道です。
2011年3月11日。日常の当たり前があっという間に大津波によって流され、大自然の猛威を目の当たりにしました。蛇口をひねっても水道は出ず、ライフラインも途絶え、電気が点かない寒くて暗い夜を過ごしました。
震災後3日後くらいに全国各地からの支援物資が届き、空腹も、不安や恐怖も少し和らぎました。支援物資の中には、励ましや応援メッセージが記された手紙やカードが入っていました。
あの日、あの時、何もかもプラスに考えられず、希望すら失くしていた僕たちにとって、それは、普段当たり前だと思っていた人の優しさに深く触れることができた瞬間でもありました。
僕の家は電気工事店を経営していて、震災直後から不眠不休で復旧作業に関わる親の姿を僕はずっと見てきました。津波から逃れた発電機を使い、たくさんの人々の食事を作り、2〜3か月の間は本当にボランティアの日々でした。
そんな中で、地域の人々に感謝され「ありがとう」の言葉をもらうたび、僕は「この町で生きていく」事が、自分を生み、育ててくれた南三陸町に対しての最大の恩返しになるのだと思っています。
僕は東日本大震災でバンドメンバーを亡くしました。 「あいつの為にもう1度ライブをやろう!」と思い、彼のパートを他のメンバーに手伝ってもらって追悼ライブをしました。涙が出ましたが、みんなで歌って、さわいで、ひとつのけじめをつけました。
そして、今。家族や仲間たちの笑顔、皆と談笑していく中で少しずつ希望が見えてきています。震災の風化があるという状況の中、変わらずこの町の為に奔走してくれているボランティアの方々、自治体の職員さん、など震災後の様々な方に感謝の気持ちでいっぱいです。この町を支えてくれる人達のため、そして自分のために、この町で立ち上がろうと思いました。
たとえ問題が山積みだとしても、僕は僕の町を盛り上げていきたい!
https://readyfor.jp/projects/hopefes
* * * * *

上記のURLを開いていただくと、昨年までの活動や写真がご覧になれます。このイベントプロジェクトを応援しよかなとお考えの方にはその方法も・・・チョット覗いてみてください。

* いろんな事情で数ヶ月、南三陸町行くことができませんでしたが、先日ようやく再訪できました。以前は、歌津地区で全く見ることの出来なかった高台宅地の造成や、道路の嵩上げ、歌津大橋の撤去などが大規模に進められており、町の姿が大きく変わりつつあります。平成の森仮設住宅の憩いの場「アズマーレ」も、相変わらずテント張りながら、新しく張り替えられてほんの少し広くなりました。そこで仮設にお住まいの知人に話を伺いましたら、彼女の契約会では、造成地の立木伐採が終わった段階ながら、宅地の地図も示され、山地を切り開いた階段になるのこと。各人の割り当ては抽選で行われ、2ヶ所だけは盛土のため地盤の補強は十分行うという話だが、気がかりではあるとのことでした。仙台市の大規模造成とは違うでしょうが、山を切り崩して宅地を作る場合の危険性は十分に配慮し手抜かりのないようにして欲しいと思います。

ゴジュウカラ 2014/05/26(Mon) 15:48 No.276
赤旗日曜版(5/25)に南三陸が紹介

 赤旗日曜版(5/25)の‘たび’の欄に「イースター島から来たモアイ’という見出しで、南三陸の記事が紹介されました。南三陸さんさん商店街横のモアイ像、カキ、ホタテ、ノリなどの養殖いかだが並ぶ朝陽に輝く志津川湾、さんさん商店街の入り口の門、ポータルセンター内の「南三陸ストーリー」の展示室、モアイのグッズなど5葉の写真もあって、旅心をそそられます。何よりもチリ地震以来の南三陸とモアイ像との関わり、志津川高校のモアイを使った町おこしの授業などモアイのことを詳しく伝えています。モアイとは現地語で「未来に生きる」という意味だそうです。さんさん商店街横のモアイ像は今回イースター島から来たものですが、他にも志津川高校(津波で流され頭部のみ発見されたもの)や館下橋(たてしたはし)の欄干にもあるとありました。また、訪れる機会があれば、モアイ像をひとつ一つ訪ねるのもいいなぁと思いました。南三陸の復興を願ってに記事でした。

昆布 2014/05/26(Mon) 09:03 No.275
気仙沼・鹿折地区の水産加工業再建

 5/19のゴジュウカラさんの「気仙沼・鹿折地区の水産加工業の再建」の記事に、震災から3年を過ぎてようやく加工工場を再建できたのに人手不足や販路開拓で困難を抱えている様子が書いてありました。気仙沼・鹿折加工協同組合は国に人手不足解消のため外国人技術実習生受け入れ拡大や、販路拡大への支援などを要望したそうです。遅れて再建してくる業者への販路拡大に国がきめ細かい方策で支援してほしいと思います。また、人手不足に外国人技術実習生をというのも、業者の立場からはとてもよく理解できますので、それもすすめてほしいのですが、安い賃金でひどい働かせ方にならないようにと願っています。被災地に限らず、例えば保母さんも人手不足で全国で困っていて、資格を持っていても賃金が安くて応募者が少ない状況です。困難な中で事業をやっている被災地の再建業者や全国の中小業者、保育園なども、全国最低賃金制が施行され働きがいのある職場になっていけば、人手不足解消にも役立つと思うのですが・・。

昆布 2014/05/23(Fri) 07:44 No.274
無題

忘れまい!3・11。被災の今の現実を見つめ続けよう!!

昆布さんの投稿、「震災復興支援」のバザー参加を、今年も3回連続で取り組んでくださっているとのこと、とても感激しました。「少しずつ関心が薄れているのか今回は少し売れ残ってしまった」とのこと。3年の経過とともに「まだ復興していないの」と何気なく語られる場面にも時々ぶつかったりします。
「津波」も「フクシマ」その災害はあまりに大きくまだまだずっと見つめ続けていかなくてはなりません。姿を変え、それゆえに新たな深刻さも深めている今の現実を様々に発信しそれぞれに受け止め、知恵と力を発揮するにはどうしたらよいか、これからの大きな課題だと思います。

* 南三陸町が志津川東地区の高台に新築する「南三陸病院・総合ケアセンター(仮称)」の工事入札が12日にあり、錢高組(大阪市)が52億3648万円(消費税込み)で落札し、町は19日に予定する町議会臨時会に議案を提出する考えです。可決されれば本契約となり、2015年度後半の開院に向けて事業が前進することになります。入札には2社と一つの共同事業体が参加し、1回目で決定。予定価格(消費税込み)は59億3352万円でした。町によると、実際に工事が始まるのは7月ごろ、工期は15年10月31日までで、開院はそれ以降になる可能性が大きいとのことです。町は、東日本大震災で壊滅的な被害を受けて解体された町立病院の再建を復興の最優先課題に位置付けてきました。9診療科で病床数は90。保健福祉の拠点となるケアセンター棟とブリッジなどでつながる構造で、床面積は2棟合わせて約1万3000平方メートルを予定しています。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140513_01.html

*。東日本大震災から3年以上が経過し、南気仙沼、鹿折両地区で再建を目指す水産加工業者には労働力不足への不安が強まり、販路回復への危機感も募らせています。6月上旬完成するあるグループ水産加工場は、8月にサンマとサバの冷凍加工をスタートさせますが、100人を見込んだ従業員の採用は半数以下。復興需要による就労に流れてこの時期では確保が難しい状況です。さらに、他地域に比べ再建が遅れたため販路回復不安が大きく再開を断念するものもあるため、国による支援を訴えています。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140516_02.html

*2017年春の再開に向け、東日本大震災で被災しJR常磐線駒ケ嶺(福島県新地町)−浜吉田(宮城県亘理町)間の内陸移設の工事が始まりました。全長14.6キロの大部分が通る宮城県山元町では交通インフラの復興に期待が高まる一方、移設ルートに掛かって転居を余儀なくされた被災住民もいます。震災を乗り越えて、新築したばかりで被災した住宅を補修して戻った住民は「町の復興のため」と苦渋の決断を迫られ、再び移転を余儀なくされます。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140516_06.html
こうした例は、防潮堤の建設を巡っても生じており、一日も早い復興を目指して取り組んだ住民の苦労が無に帰するのは、残念でなりません。

* ここ数日コミック雑誌掲載の『美味しんぼ』の話題がマスコミを賑わわせています。「フクシマ」テーマ連載3回目が、明日発売ということで、それを待ちたいと思いますが、「主人公の鼻血」に焦点を集中させるような扱いは問題だと思います。日本中の人々が、今,日々「フクシマ」で起こっていることを気にかけ、目を凝らして欲しいと切望します。

ゴジュウカラ 2014/05/19(Mon) 17:05 No.273
バザーで震災復興支援

 今日(5/11)五月晴れの下、近所の広場で市内の婦人グループが年2回、5月と10月に行う恒例のバザーがありmした。私は南三陸歌津の「みなさん館」から仕入れたわかめとかりんとんを出品しました、‘震災復興支援’ののぼりをたてて。2013年の5月から、福島県須賀川の果物やお米を取り寄せる友人と一緒にやってきて、今回で3回目となりました。最初の時はみなさんの関心も高く、お客さんも多かったのですが、少しづつ関心が薄らいでいるのか、今日は少し売れ残ってしまいました。でも、以前買ってくれた人が「かりんとん、おいしかったね」「三陸のわかめは柔らかくていいよね」と言いながら買いに来てくださました。お客さんには「みなさん館」のリーフレットも一緒にお渡しました。ここ東久留米でも南三陸歌津や福島県須賀川のようすが少しでも知られるようになるといいなと思っています。みんなで被災地のことを一緒に考えていければと思っています。

昆布 2014/05/11(Sun) 20:26 No.272
週刊歌津101

* 安部首相が訪欧から帰国し何やら意気込んでいるようですが、ドイツ訪問について「日本のマスコミでは報じないだろう」と知らせてくれた記事を紹介いたします。

『明日うらしま
在ベルリンジャーナリスト・梶村太一郎の反核覚え書き
http://tkajimura.blogspot.de/

安倍首相に脱原発訴え=首脳会談場前でデモ−ベルリン
【ベルリン時事】安倍晋三首相とドイツのメルケル首相の首脳会談が行われたベルリンの首相府前で4月30日、会談時間に合わせ、市民や在留邦人ら約50人が安倍首相に脱原発を訴えるデモを行った。
 デモ隊は「安倍首相に抗議します」との横断幕を掲げ、「再稼働反対」「さよなら原発」とシュプレヒコールを上げた。
  参加した主婦ヘートウィヒ・ツォーベルさん(63)は「東京電力福島第1原発の事故が起きた日本で原発が再稼働されたら最悪」。タクシー運転手ベルント・ フリーベーゼさん(54)は「安倍首相に国民と子供を守れと言いたい」と話した。

DW・ドイッチェヴェレはこの模様を動画で伝えています。しかも、この放送はドイツ唯一の国営放送ですが、公共放送たる日本のNHKとはまるで逆に、ちゃんとデモについても写真入りで報道しています。しかも安倍首相は記者会見で「原発について何も話さなかった」と、きっちり報道しています。DWとNHKのこの格差が両国の民主主義の格差そのものでしょう。
アクセスが多いDWの記事の以下の部分だけを翻訳しておきます。

「原発には触れず」
ドイツと日本はエネルギー分野でも協力したい。特に再生可能エネルギーでと(メルケル)首相は述べた。彼女の同僚(安倍首相)は彼の故郷で原子力復帰を急いでいることについては全く触れなかった。その代わりに首相府の前では、50人ほどのドイツと日本の原発反対派が、保守的な首相の原発擁護政策に大声で抗議をした。

梶村太一郎氏のブログを開いていただくとデモの写真や、メルケル阿部両首相の記者会見写真なども掲載されています。日本お首相の訪問が反対デモで迎えられることはこれまでなかったとか。規模は小さくとも首相府前で原発再稼働反対の横断幕を掲げ明確に意思表示をしたドイツ市民及び在住日本人の存在は心強いです。動向の日本のマスコミもはっきり見ているのに黙殺とは残念ですが。SAIKADOU HANNTAIは、国際語になっているということも知りました。

* 地元紙河北新報が『かすむ復興』のタイトルで特集を組んでいます。「週刊歌津99」でふれました政府の復興推進委員会の浮ついた「霞ヶ関文学」とはかけ離れた震災3年後の厳しすぎる現状から目をそらすわけには行きません。

「産業/グループ化補助金の今(上)再建着手見えず焦り」

http://www.kahoku.co.jp/special/spe1143/20140510_01.html
<未消化700億円>
 事業再生の号砲が鳴らない。スタートラインで立ちすくむだけの日々がもどかしい。
 「早く再建したいのだが…」。宮城県石巻市の運送業、一力運輸の加藤雅章専務(47)が力なくつぶやく。
 大型貨物車の拠点として使っていた宮城県東松島市の営業所は津波で流失した。2012年7月にグループ化補助金の交付決定を受けたものの、2年近くたった今も再建はかなっていない。
 予定地の大曲浜地区では工業用地のかさ上げ工事が進む。工期はことし9月まで。建屋などの建設に着手できる時期は見通せない。加藤専務は「年内は土地の確保で終わりだろう」と諦め顔だ。
 地盤沈下などに伴い、沿岸部では土地の改良が必要となるケースが多い。上下水道、道路などのインフラも求められる。これらの公共工事が終わらない限り、グループ化補助金の出番はない。
 宮城県の場合、期限内に補助金を消化できない業者は全体の3分の1近くに上る。その額約700億円。執行の繰り越しや再交付の手続きが取られ、巨額の公金が被災地にむなしく積み上がる。

記事は、復興を阻む要因として大幅な労務単価の上昇や生コンなどの資材の高騰にも言及。この上昇分は自己負担の膨張となり、復興の前提である嵩上げなどの公共事業のずれ込みによって、事業着手の時期には廃業を選択しなければならなくなる危険も指摘しています。住宅問題も遅々として進展していません。3年2ヶ月を経ても災害公営住宅の完成戸数が10%を大幅に下回っているのが現状なのです。

ゴジュウカラ 2014/05/10(Sat) 15:33 No.271
週刊歌津100

* ゴールデンウイークが終わっても歌津は楽しく燃えています! 

三陸屈指のビュースポット「田束山(たつがねさん)」が山つつじで真っ赤に彩られる季節が近づいてまいりました。
田束山のつつじ開花に合わせて、伊里前福幸商店街と田束山山頂を結ぶシャトルバスが今年も運行されます。
田束山の美しい景色を手軽に楽しめるこの企画、運行日程は
5月17日(土)〜6月1日(日)までの期間中、毎週土・日のみ運行されます。シャトルバスの乗車料金は往復で¥500で、ご乗車いただいたお客様には、商店街で使用できる¥300分のお買物券と乗車記念品が贈呈されます。商品券&記念品付きのお得な乗車券は運行期間中、伊里前福幸商店街「うたちゃんショップ」にてお買い求めいただけます。ご不明な点があればお問い合わせください。http://www.m-kankou.jp/event/11463.html/

この期間にあわせてさらに見逃せないイベントがあります。
 !!ホープフェスティバル・ロックフェスIN歌津!!
5月24.25日。土日の10−17時。伊里前商店街広場
南三陸町は知る人ぞ知るロックのメッカ。地元バンドや、ゲストバンドが大挙出演します。田束山のヤマツツジ、その優しいやわらかな茜色とともに心にしみるサウンドをお楽しみ下さい。

* 福島県白河市白坂に、「原発災害情報センター』が開設されます。
5月18日(日)13時30分より設立総会。問い合わせ。TEL0248−28−2108です。
場所は新幹線新白河駅からクルマで10分。東北本線ならば白坂駅下車で徒歩7分。ボランティアさんたちの手作りながら見事な丸太組み上げの木造建築です。「悔やんでも悔やみきれない大事故を教訓にし、痛恨の思いを込めて次世代、次次世代に、この事故の解決と終息を託さなければなりません。原発災害情報センターは、福島第一原子力発電所の事故を市民の力で風化させないことを目的に設立されます」と設立趣意書に記されているように、ささやかながら深く大きな志を込めた第一歩を応援したいと思います。


* 電力会社や原発関連企業などでつくる日本原子力産業協会(東京)の年次大会が4月15、16の両日、東京都内でありました。議論では、「信頼回復に向けた決意」という基調テーマと裏腹に、福島第1原発事故の反省を踏まえたとは思えない発言も続出。業界が唱える安全と、国民が求める安心の溝が埋まる気配はありません。(報道部・勅使河原奨治)http://www.kahoku.co.jp/special/spe1090/20140427_02.html
記事は会議の様子を次のように伝えています。

 「1000年に1度の津波に耐えた福島第2原発は再稼働すべきだ」
 「原子力の信頼回復」と題した初日の討議。司会役を務めた協会の田中伸男理事が本音を明かすと、世界原子力協会のアニエッタ・リーシング事務局長も「全原発を止める必要はない」と持論を展開した。
 昨年7月に始まった原子力規制委員会による原発安全審査は、一部の原発について最終盤を迎えつつある。電気事業連合会の八木誠会長は今後の再稼働の拡大を見据え、「自主的、継続的に安全性を高めていく姿勢が信頼につながる」と語った。
 福島県の原発をめぐっては、県議会が全基廃炉を求める請願を採択し、佐藤雄平知事も訴えている。しかし、こうした地元の意向や、今も関連死が増え続けている実態への配慮には乏しかった。
 「事故が起きた事実だけで、再稼働反対を叫んでは駄目なのか」。大会に参加した福島県川内村の遠藤雄幸村長の主張にも会場の反応は鈍かった。
 大会開催直前の4月11日には、政府がエネルギー基本計画を閣議決定している。電力業界の強気の背景には、原発が基本計画で「ベースロード電源」と位置付けられた上、再稼働推進が明記されるという追い風もあった。

被爆国であり、最悪の原発事故被災国である我が国の国民の意志と決意を軽んじないでもらいたいものです。

 

ゴジュウカラ 2014/05/05(Mon) 15:53 No.270
請戸の田植えおどり

4月28日NNNドキュメント「ござれやナァーエ 放射能と田植えおどり」を見ました。福島県浪江町請戸は福島第一原発から6キロほどのところです。原発事故で住民のみなさんは全員避難しています。請戸の田植えおどりをやってきた人々が、バラバラに避難していて田植えおどりもできなくなっていたのを何とか復活させたいととりくんで、今年3年ぶりに田植えおどりをしたというものでした。それを見ていたおばあさんは涙を流していました。踊り子の中心になった女の子は事故の時請戸小学校6年生でした。避難生活ののち、今はいわき市で生活しています。この3年間で中学生活を終えこの春高校生になりました。いつ、帰れるかわからない請戸ですが、田植えおどりを絶やしたくないという気持がだんだん強くなってきたそうです。田植えおどりの歌詞の中に「一度はおいでよ 請戸の浜に」というくだりがあります。歌いおどりながら、人々は涙を流し故郷 請戸に思いを募らせています。請戸の人たちの悲しみが胸に迫ってきます。

昆布 2014/05/04(Sun) 21:14 No.269
週刊歌津99

* 政府の復興推進委員会(委員長・伊藤元重東大大学院教授)は18日、東京都内で会合を開き、被災地の再建に向けた最終報告をとりまとめ復興相に提言、被災地の産業強化を最重要課題に据え、高齢化など日本や世界が抱える問題を解決するモデル地域を目指すといいます。「新しい東北」の理想像として、(1)高齢者が生涯現役で活躍できる社会(2)再生可能エネルギーとクリーンテクノロジー産業の集積・供給地(3)ハード、ソフト両面とも災害に強い地域−などを掲げています。実現に向け、医療の充実や官民連携の促進、研究機関やインフラの整備に取り組む方針を提示し、「復興を単なる原状復帰にとどめず、世界のモデルとなる新しい東北を創造する」と
し、提言内容は、経済財政運営の指針となる「骨太の方針」に反映されます。さら記事によれば提言骨子として1)福島県の太平洋沿岸部で東電福島第1原発の廃炉関連技術を元に新しい産業をつくる、2)2020年東京オリンピックは復興した東北の姿を発信する好機で、科学技術分野での取り組みを推進する、等が挙げられています。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20140419_02.html

もし、被災地から遠く、3.11への関心も意識して持ち続けていないとしたら、上記の記事も大した異議もなく読み過ごすのかもしれません。しかし3年1月余りを経た今日このような動きがいよいよ強められ具体化する中で、「霞ヶ関文学」と冷笑してはいられません。「復興を単なる原状復帰にとどめず、世界のモデルとなる新しい東北を創造する」という一文の中に込められている「新たな東北に対する中央の収奪」を、今度こそ「東北の真の復興と再生」へと転轍しなければならないという思いがこみ上げます。「東京オリンピック」が「累積視聴者300億人を超える比類なき発信力」を持つというなら、「復興した東北」「復興した日本」と既に完了形で語られるTV向けに周到に演出されたシナリオとグラビアのような粉飾に歪められた「復興」ではなく、「フクシマ」と「地震・津波災害」から得た比類なき経験と教訓、苦闘と希望のに満ちた営みを全世界にいろいろな形を通して伝えていきたいと願っています。

ゴジュウカラ 2014/04/27(Sun) 15:24 No.268
福島原発事故の避難者はいつ故郷に?

 4月1日に福島第一原発から20キロ圏内にある田村市都路町の避難指示が事故後、初めて解除されました。3年余の避難生活から解放されて自宅で生活できることはどんなにうれしいことかと思うのですが、実際にはいまだに4分の1の世帯しか帰っていないということです。除染が終わってもなお放射線量に対する不安や生活の不便さ、3世代家族がバラバラになってる現実など、この先、元のようなコミュニテイが築けるのか、見通しが立ちません。除染が終わった地区でもこうですから、原発立地のある双葉町や大熊町の人たちはいつ故郷に帰れるのでしょうか?双葉町の人でいわき市に避難している人たちのために、この春、錦町に、幼稚園と小学校2校、中学校1校が開校したそうで、校舎も8月には完成するとのことです。この小・中学校3校でこの春入学した生徒は全部で10人だそうです。仮設住宅も建設中とのことです。こういう人たちは離れてきた故郷のことをどんな思いで思っていらっしゃるのでしょうか?せめて日々の生活が少しでも安心して暮らしていけるよう、国と東電がやるべきことは甚大だと思います。

昆布 2014/04/23(Wed) 10:40 No.266
週刊歌津98



週刊歌津98 投稿者:ゴジュウカラ 投稿日:2014/04/18(Fri) 11:46 No.264 [返信]



* 国の直轄除染が終了した福島県田村市都路(みやこじ)地区は四月一日、国による避難指示区域で初めて避難指示が解除されましたが、事前の放射能汚染調査の内容は解除前に住民や地元自治体に伝えられておらず政府への不信感を一層高めることになりそうです。
住民帰還の前提となる除染が終わった後も、国が長期目標に掲げる年間追加被ばく線量一ミリシーベルトを上回る地点が多く残っており、住民の間では不安の声が出ています。都路地区の自宅に戻った男性(65)は「解除は時期尚早だった。私たちはだまされてきたということだ」と話しています。
東京電力福島第一原発事故に伴う避難住民の帰還に向け、個人被ばく線量の実態を調べている内閣府原子力被災者生活支援チームは昨年十月に作成された中間報告書を半年間にわたり公表していませんでした。
支援チームは昨年七月、不安払拭(ふっしょく)に向けて、農業や事務職員など職業や生活パターンごとの個人線量を推計して提示するため、田村市、川内村、飯舘村の四十三カ所で空間線量と個人線量の調査を決定。放射線医学総合研究所と日本原子力研究開発機構に測定を依頼しました。その結果、個人線量の値が空間線量の約七割になる傾向があることや、通常の被ばく限度とされる年一ミリシーベルトを超える地点が二十七カ所あることなどが分かり、昨年十月に中報告書が作成されましたが、支援チームはこれを公表せず、避難指示が解除された後の四月上旬になって地元自治体に説明し、十四日に経済産業省のホームページに掲載。生活パターンごとの推計値を載せた最終報告書は十八日に公表する予定とのこと。支援チームは「中間報告の公表は考えていなかったが、住民の関心が高いので公表した。最終報告書は市町村の状況に応じ、どのような場で説明するか検討している」と話しています。http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2014041702100005.html
 都路地区は「故郷帰還」の先行モデルとして注視していかなくてはならないと思います。上に引用した記事は「やっぱりそうだ」とおかしな合点をしてしまいそうなほど「フクシマ」問題における東電政府のやり方は虚偽と隠蔽に満ち溢れていると言わざるを得ません。そこまで行かなくても『霞ヶ関文学』という用語があることを知りました。地元の7割は「復興が遅れている」と認識している実態も霞ヶ関文書では「着実に前進し加速化されている」と表現されるということだそうです。虚偽、隠蔽、粉飾の公式的文書は一人歩きし、地元を目近にないし身近に知らない人にとっては「震災フクシマ」の現実は過去に押しやられ、記憶から遠退きうすれていく事になるでしょう。こうした力に抗して「記憶の風化」を押しとどめ、しっかりと現実を見守っていくことがこれからますます重要になると痛感します。「記憶の風化」は、「被災者、被災地」に対する誤解と非難をも引き起こしていくことが心配です。

* 前号97で触れた「2020東京オリンピック」の持つ「震災フクシマ」の「記憶の風化」作用についてもう一度触れたいと思います。
東京都知事選最中に行われた組織委員会会長による「原発再稼働なくして東京オリンピック開催なし」発言が暴言に類することは以前の号でふれましたが、そうした動きが強まっていることも残念ながら事実でしょう。今一度「オリンピック招致ファイルで述べられていることを引用します。
+「フェアプレイ・フォー・アース」(第5章環境)
『オリンピック大会は、300億人を越える全世界での累積視聴者数を有し、オリンピックの価値やオリンピズムの考えを伝えることに大いに力を発揮する。大会組織委員会は、オリンピックの比類ない発信力を活用し、「フェアプレイ・フォー・アース」の精神の下、環境に対する意識を向上させ、環境保護を促し、環境への責任を持ち、その環境対策を明示する。』

「フクシマ」による絶大な環境破壊はその実態も多くが未解明であり、終息の方向、方法もほとんど手探り状態で先は全く見えていません。6年後に問題が解決するなどとは誰も思っていないでしょう。できることは、前都知事の言によれば「フクシマは東京から250キロはなれている」し、東京都には原発はないから「環境フェアプレイ」を演出してみせる事ができるという自信でしょうか。
 
+『猪瀬前都知事のロゲ会長あて書簡』
「東日本大震災を経験した我が国は、国民が一つになれる夢を必要としています。夢は力を生み、力は未来をつくります。東京でオリンピックを開催できるならば、復興した日本を全世界に示し、世界中から寄せられた友情や励ましへの何よりもの返礼となり、ひいては、それが世界の勇気になると確信しています。

これは困った、震災フクシマの被災の上に東京でやるお祭りのだしにされるのか。演出上手のお国柄で「夢」や「勇気」や「復興」の外観を整える背後にきつい現実が覆い隠されるのは正直言ってごめんです。

ゴジュウカラ 2014/04/18(Fri) 11:52 No.265
週刊歌津97

* 昆布さんの投稿と同様、私も全線復旧した三陸鉄道に心からエールを送りたい気持ちです。事情でまだ暫く復活した鉄路全線を乗り歩くことは出来ませんが、早く実現したいと切望しています。「あまちゃん」ブームに沸いた昨年でさえ赤字決算は解消できず、山田線復旧による南北リアス線のドッキングも難題を抱えていますが、「あまちゃん」のタイトル映像を彩った三鉄車両の軽快な走りと心浮き立つテーマメロディーとともに、全国の方々に三鉄の魅力を伝えて欲しいと願っています。

* 首都圏で一ヶ月余りを過ごす中で気になるテーマの一つは、東日本大震災・原発・津波被災の記憶の「風化」です。既に3年余りを経過した今、東京以西では生々しい記憶は大方薄れ、忘れ去られていっていることが実感されます。被災三県の地元紙を中心に、全国紙においても、放送メディアにおいても、関連情報は途絶えることなく提供されており、その気になればそれらに接することは非常に困難というわけではないと思いますが、「風化」について大事な問題は、接する情報の減少とか、震災遺構の消滅とは別のところにあると思います。

「震災遺構」の保存ついて言えば、各地に数えきれぬほどあった遺構のほとんどは撤去され、例えば辛い記憶をいっぱいに孕んだ南三陸町の公立志津川病院は早々に取り壊され、地元の人でなければ、痕跡すらない建物の存在を思い出すことも出来ません。しかし大事な記憶は決して風化はしていません。全国に名を知られた南三陸町防災対策庁舎は、町が解体撤去を最終決定し昨年末には慰霊祭を行って、県に撤去工事の申請をしながら、それまで関与を否定してきた国が急遽遺構保存の初期費用を負担する方針に転じ、県は「有識者委員会」を立ち上げて一年がかりで「遺構選定」を行うこととして町の申請を凍結しています。以前首相が現地を訪れた際に、ここの女性職員が津波の来襲を目前にしながら避難の呼びかけをづづけ犠牲となったことを「震災美談」的に語っていましたが、この庁舎の犠牲者
や、町民の間では、建物の撤去を巡って直接の話し合いを持つことも不可能なほどの軋轢があり、それを経て行われた町の意思決定がいわば棚晒し状態におかれ、真の記憶を大切にしている人々から遠く離れたところで「遺構の保存」が取り沙汰されています。建物の周りが4メートル嵩上げされるため旧庁舎が埋没するという立地や、持続的な保存費用が弱小自治体に担いきれないことも撤去を決定した理由でしたが、「後世の教訓」という必ずしも内容の定かでない「大義名分」により、「原爆ドーム」を引き合いに出して、誰かの頭で描かれた「記憶」の保存が行われても「記憶の風化」を止めることにはならないのではないでしょうか。

「記憶の風化」は、いわゆる「復興の加速化」のなかで、意図的に中央の行政の手で推し進められているという懸念があります。とりわけ「フクシマ」の問題と「復興した姿を東京オリンピックで」という強烈な行政の意図のなかでこれがますます強められ「被災地」は忘れ去られ覆い隠されていくことが心配です。

ゴジュウカラ 2014/04/12(Sat) 15:45 No.263
三陸鉄道全線再開おめでとう

 4月5日に南リアス線が、6日に北リアス線が全線開通しました。東日本大震災から3年、ようやく、みんなが待ちに待った三陸鉄道が全線再開されました。おめでとうございます。この日を迎えるために、三鉄の職員の方々がどんな思いで頑張って来られたかと思うと感激もひとしおです。鉄道は交通手段というだけでなく、走っている姿、周囲の景色、汽笛や、乗客のようすなどなど、とても親しみを感じます。でも、JR山田線の復旧の目途がたたず、三陸沿岸の鉄道が1本につながらないのがとても残念です。太田国土交通大臣も「鉄道はつながってこそ鉄道」と所感を述べたそうです。国の責任でJR東日本に一日も早い復旧を迫ってほしと思います。

昆布 2014/04/08(Tue) 10:33 No.262
週刊歌津96

* ウィーン、2014年4月2日(UN Information Service)− 新たに、2011年の福島第一原子力発電所事故が起こった後もがんの発生率は安定したレベルを保つ可能性が高いとする国連報告が発表されました。 極めて楽観的なその「解析・評価」の要点はつぎのとおり。
1)今後のがん統計に事故に伴う放射線被ばくに起因する有意な変化が生じるとは予想していない」
2)対象とした集団のがん発生率への影響は小さいと予想されるとし、これは日本の当局側が事故後に講じた迅速な防護措置に拠るところが大きい。
3)最も高い被ばく線量を受けた小児の集団においては、甲状腺がんのリスクが増加する可能性が理論的にあり得るとはしながらも、今後のがん統計に事故に伴う放射線被ばくに起因する有意な変化が生じるとは予想していない。
4)一部の作業員の被ばくについては委員会が独自に評価し、報告された線量と概ね一致したが、事故の初期段階での被ばくについては不確かさが残っているとしながらも、がんや他の疾病の識別できる増加は予想されないと結論を出している」。
5)陸上および海中の生態系への放射線被ばくの影響を評価し、影響があるとしても、いずれも一過性のもので終わるとみている。
6)海中の生態系については、植物相と動物相が影響を受ける可能性は、原子力発電所に隣接する海岸域に限定され、長期的に影響が及ぶ可能性はごく小さいと予想された。

被災現地を目近に知るものとして呆れ果てる内容ですが、昨年来の国連科学委員会の活動を知る方にとっては今更驚くほどのことはないとも言えるかもしれません。しかし既に昨年10月弁護士の伊藤和子さんが指摘してた言葉を改めて想起しておきたいと思います。
『国連科学委員会とは正式には「原子放射線の影響に関する」科学委員会、という非常に限定された調査を行っている機関で、世界の一握りの科学者によって構成。原子力推進の科学者が多く名前を連ねていて、世界の民意を必ずしも正確に反映している民主的な機関とはいいがたい。ところが、その報告は、国連総会に提出され、国連総会で承認されると国際的コンセンサスのような扱われるので注意が必要である。 というのも、日本政府は、福島原発事故の「被ばく影響がほとんどない」とたびたび主張するのだが、その拠り所としてこれまでも、国連科学委員会に依拠してきたのだ。』
『世界のどこかで、日本に関する重要な問題が、被災者や影響を受けた人々の意見を聞かないまま、当事者を排除して、一度も現地調査をしたことがない一握りの科学者によって決められ、いつのまにか国際的コンセンサスになっていく。 その結論は、福島では、健康被害は発生しない、被ばくや放射能汚染は深刻でない、というもの。 このままではよいはずはなく、継続的に監視し、現場から意見表明していく必要がある。』http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20131027-00029263/

* 政府は福島第1原発から20キロ圏内の福島県田村市都路地区の避難指示を4月1日に解除しました。避難区域に当たる福島県内11市町村で、避難指示の解除は初めて。
 政府は、(1)年間積算線量20ミリシーベルト以下(2)インフラなど生活環境の復旧(3)地元との十分な協議−といった解除要件を満たしたと判断し、2月23日に開いた住民との意見交換会で解除方針を決定。政府は面的な一律の再除染は行わず、相談窓口を設け、個別の状況に応じて土壌の除去で対応し、健康相談員を配置し、モニタリングも継続するとしています。政府は早期帰還を促すため、1年以内に戻った住民に対し賠償額を1人当たり90万円上乗せし、市も支援策として都路地区の2カ所に商業施設を設置させるほか、高齢者の交通手段確保のため、市中心部と都路地区を結ぶデマンド型乗り合いタクシーを運行するとしています。区域内の避難者は2月末現在、117世帯357人。帰還したのは、長期宿泊制度を利用し、既に自宅に戻っている27世帯90人程度とみられます。しかし放射線や雇用、医療態勢へ不安を持つ住民は多く、大半の避難者は市中心部の仮設住宅などにとどまる見通しで、帰還が進むかどうかは不透明です。田村市長は「解除は新たな復興のスタート。都路の復興なくして田村の再生はない」との談話を発表、復興相は閣議後の記者会見で「解除は故郷を取り戻すスタートだ。国と自治体が一体で、帰還や復興の作業を軌道に乗せたい」と述べました。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1090/20140402_01.html
市長や、復興相の発言は、施政者側の一方的立場からなされたもので、被災当事者の思いからはかけ離れているのではないでしょうか。放射能汚染に取り囲まれた地域のほんの一部のチリを払って、「さあ安全です、故郷にお戻り下さい。賠償金上乗せというお土産もついています。お戻りにならないのもご自由ですが一年後には補償はうち切ります」といっているに等しく
私には、加害者、政府、行政が、故郷を奪ったことの深刻さ、その回復の困難さに心底向き合っているとは到底思えません。

ゴジュウカラ 2014/04/05(Sat) 13:56 No.261
福島第一原発の作業員の死亡

 しんぶん「赤旗」(3/29)によりますと‘3月28日(金)福島第一原発で建物の基礎部分の補修作業をしていた作業員(50代)が土砂の下敷きになり死亡。同原発の事故収束に当たっている作業員が死亡したのは7人目。その建物は廃棄物類の貯蔵場所として今後使用する計画だった’とのこと。福島第一原発は廃炉作業や建設作業に携わる3000人もの作業員が働くところで、とくに建設作業は放射線量を気にしながらその場しのぎのような施工になりがち、事故も起こりやすい状況だといえるそうです。事故が起こっても内部には救急医療室があるだけで、そのあと、いわき市などの病院に搬送されるということです。東電は内部に本格的な医療施設を作るべきだという要望があるそうですが東電は産業医の配置ですませています。
 3月29日、全国の医学生が福島県の被災地を視察にきたそうです。被災地の様子をDVDで見た後、実際に小高地区などに視察に出かけたということでした。被災地の医療体制のことをマスコミももっととりあげてほしと思いました。

昆布 2014/03/31(Mon) 09:46 No.259
週刊歌津95

* 東日本大震災の教訓や知見を社会の備えに生かす「実践的防災学」の構築を目指し、東北大が2012年4月に開設した災害科学国際研究所の平川新初代所長(63)が、31日で退任します。被災地に誕生し、文系、理系の専門家100人以上を擁する研究拠点で陣頭指揮を執った2年間でした。氏は得られた成果として、各分野での研究成果の発信に加え、災害研として宮城、岩手両県で8自治体と連携協定を結び、津波浸水シミュレーションや避難訓練の実施などに協力していること、個人ではなく災害研が組織として自治体と連携することで、幅広い要望に対応できるようになったことをあげました。また、氏の専門である歴史学分野においては、宮城県を襲った津波の履歴データが、きちんと整理されていないことに気付き、歴史資料を調べたところ、過去400年間で犠牲者が出た津波の平均間隔は約57年に1回と分かったこと、歴史学を災害研究や防災・減災にどう生かすのか自問していたことについて、地域のリスクを分かりやすく示すことができて、一つの答えを見つけたように感じると述べました。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140330_02.html
東北大学の災害科学国際研究所は、東日本大震災によってこれまでの地震津波災害の予知予測における欠陥の反省にたって、新たな構想のもとに設立されました。地元では、少なからぬ人が3.11の地震を99%の確率と予想されていた宮城県沖地震と思い、専門家も、2日前の前震を予想の地震と述べるなどのことで、その超巨大性を見誤まったという実感を持っています。理系分野での研究が、文系の文献、伝承、遺跡調査による[歴史津波」の研究と総合的に進められることの重要性も今回厳しく教えられました。飯沼勇義という在野の[歴史津波]研究者が、公的な研究支援の全くない中で仙台平野の歴史津波について長期に亘る研究を続け、今回行政の防災マップが全く無防備であった津波被害を的確に指摘する研究書を十年以上前に公刊し、対策を行政に陳情していたことを知らされた時には衝撃すらおぼえました。今度の大震災直後、アカデミズムの[災害研究]や、行政の「災害対策」がこうした貴重な研究提言と連携しその成果から学びこれを生かすことができなかったことを率直に反省する声も聞かれましたが、「喉元過ぎて熱さをれる」ことなく、公的な研究、行政の職にあるものの謙虚な取り組みが忘れられてはならないと思います。

* 宮城県各地でようやく、高台移転造成団地や、災害復興住宅への入居開始などのニュースが報ぜられるようになってきました。女川や東松島で入居を喜ぶ被災者の写真を見ると、三猿も辛抱した嬉しさが伝わってきますが、これはほんの小さな始まりです。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140329_04.html歌津の平成の森仮設の友人はまだ造成も始まらない中で何年先になるかと思案気でした。それでも歌津の復興も具体的な形が少しづつ見え始めてきています。設置場所をめぐり住民と協議してきた歌津総合支所は、公民館と保健センターの機能を統合し、スポーツ施設「平成の森」の山林を造成して建設。さらに魚竜化石を含めた文化資料を展示する歴史資料館が国道45号沿いの平成の森入り口付近に建設され、保育所と子育て支援センターを併設した歌津地区子育て拠点施は、伊里前の中学校上の防災集団移転団地に整備されます。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140328_04.html
南三陸町市町は、先に東京の隈氏に依頼した志津川中心部のグランドデザインの実現のために外部人材登用して入庁させると述べました。夢の広がる復興計画はそれ自体としては良いのでしょうが、仮設暮らしが3年を超えても移るべき我が家の影も形も見えず、仮設では死ねないと耐えに耐えている高齢者の要望を早く実現できるようにしてもらいたいものです。石巻では、全国コンペで採用され外国の建築賞を受賞した災害公営住宅が資材人材不足と建設コストの高騰で入札不調のため、設計からやりなおして建設する事態が2件続きました。被災者の生活を復興させるという原点をふまえ、事業の進捗を加速して欲しいと思います。


 

ゴジュウカラ 2014/03/30(Sun) 13:12 No.258
週刊歌津94

* 東日本大震災の津波で被災し、今月限りで67年の歴史を閉じる南三陸町の戸倉中は15日、閉校式を開き、生徒や住民ら約260人が参加して、地域の心のよりどころだった学校が消える寂しさをかみしめました。仮設住宅が立ち並ぶ校庭に臨む昇降口前で、生徒代表が「戸倉中の絆は閉校してもとわにあり続ける。67年間ありがとう」と別れの言葉を述べました。 学校の敷地内には「絆よ 永遠に」と刻まれた記念碑が建立されました。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140316_03.htm

l* 東日本大震災の復興支援に感謝の気持ちを伝えようと、南三陸町歌津地区の仮設住宅「平成の森団地」の自治会メンバーが17日、山形県庄内地方を訪れ、支援活動を続けている団体と交流しました。歌津地区では震災発生直後から、庄内地方のボランティア団体や社会福祉協議会が物資支援や訪問活動を続けており、仮設自治会長は「庄内の皆さんの息の長い支援には頭が下がる思いだ。山形、庄内との交流はずっと続くだろう」と話していました。

*  宮城県内35市町村でつくる県後期高齢者医療広域連合は20日、東日本大震災で被災した加入者を対象にした医療費窓口負担の免除措置で、4月から対象者を限定し再開することを決めました。期間は1年間で、1年ごとに継続の可否を判断します。免除措置は昨年3月で打ち切られたが、国民健康保険(国保)加入者の免除が4月に再開されることになったため、これを踏まえた措置です。
 対象は4月1日時点の市町村民税の非課税世帯で、(1)自宅が大規模半壊以上(2)半壊して解体済みまたは予定(3)生計維持者が死亡または行方不明−のいずれかに当てはまる世帯。自宅の解体が4月2日以降でも、さかのぼって免除対象となります。県内の加入者約28万1400人(6日現在)のうち約1万3500人に対象が絞り込まれる見通しで、免除総額は約11億2000万円を見込み、国の交付金と対象者数に応じた市町村からの拠出金で財源を賄います。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140321_09.html
*  南三陸町の復興事業の概要や進行状況を町内外の人に発信する「南三陸復興まちづくり情報センター」が20日、同町志津川にオープンしました。
 山を切り開いて造成する防災集団移転団地や、津波浸水域のかさ上げ事業などを模型やパネルで紹介。コンピューターグラフィックスで、復興後の志津川市街地の様子を、さまざまな視点から確認することもできます。仮設商店街「南三陸さんさん商店街」の隣に約900万円を掛けて開設されたもので、プレハブ平屋で床面積は66平方メートル。火−土曜の午前10時〜午後4時に無料公開されます。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140321_05.html昆布さんの投稿にも歌津の新しい町づくりの行方に対する思いが寄せられていますが、私もまたこの地への訪問を再開できる時になったら是非立ち寄って見学したいと思っています。

* 東日本大震災に伴い県内9市町のプレハブ仮設住宅で暮らす被災者のうち、精神的なストレスによる不眠などで日常生活に支障が生じかねない状態にある人は8.3%を占めることが、宮城県が本年度実施した調査で分かりました。調査は昨年9〜11月、石巻、気仙沼、名取、岩沼、東松島、亘理、山元、美里、南三陸の9市町の1万5106世帯を対象に実施され、50.9%に当たる7686世帯(1万6728人)が回答しました。重症者8.3%という割合は前年度調査から1.2ポイント低下したものの、全国調査を上回る高い水準が続いています。

ゴジュウカラ 2014/03/22(Sat) 20:01 No.257
震災からの復興

 震災から3年がたち、復興が思うようにすすまない中で、被災者の焦燥感、あきらめ、一層の悲しみなどが報道されています。中でも、暮らしのもっとも基本となるべき住宅の建設が遅れに遅れていて先行きの見えない状況です。また、放射能被害では、その線量の多寡によって地域の線引きが行われ、道路1本隔てて東電からの賠償額が違うなど地域住民の分断にもなっています。私はこの3年を区切りにして、これからは本当に人々が希望を持てる政策を国が打ち出さなくては地域が崩壊していくのではと懸念しています。先日、長野県の下伊那の松川町を訪れました。そこは満蒙開拓に行って帰って来た人たちが故郷には自分たちが生きていく土地がなく再入植した場所です。そこで、入植者が力を合わせてリンゴなどの栽培に取り組んだのですが、入植者間に格差が出始めた時、リンゴジュースをみんなで作って売るということを始めたそうです。それが今はワインづくりにまで発展しています。被災地の復興にも人々の間に格差がひろがらないよう、国や自治体はもちろんですが、住民のみなさんのコミュニテイを守りたいという気持ちがいかされるようがんばられることを願っています。歌津の平成の森仮設住宅のみなさんの今後の住宅政策はどんなふうでしょうか?我慢も限界でしょう。早く解決の方向が見いだせることを切に願っています。

昆布 2014/03/18(Tue) 11:10 No.256
週刊歌津93

3.11を翌日に控えた震災特集ワイド番組のひとつで、出演した福島出身の俳優西田敏行さんが痛恨極まる表情で「本当にとてつもなく悲惨なことがおこってしまったんですねー」と発した言葉が印象的でした。フクシマといい、津波の被災地といい、そこに生じた言語に絶する困苦と悲惨の現実を3年前のあの日に、それぞれに形は違え、日本中、さらに世界中の人々が
大きな衝撃を持って受け止めました。そこから新しい一歩をどう踏み出し、新しい道をどうあゆみ続けていくか、日本に住む私たちが担い続けるべき課題ではないでしょうか。

* 政府は、東日本大震災の発生から11日で3年になるのを前に、復興推進会議と原子力災害対策本部の合同会議を開き、安倍総理大臣はすべての閣僚に対し、「震災の教訓を忘れず、さらなる復興の加速化に向けて取り組んでもらいたい」と指示しました。会議の最後に安倍総理大臣は、「今後、長期化する避難生活への支援や、暮らし、働く場の再建が重要となってくる。特に長期避難されているお年寄りの孤立防止や、子どもたちの心のケアなどの、健康・生活面の課題への対応に取り組んでもらいたい」と述べました。そのうえで安倍総理大臣は、「東京でのオリンピック・パラリンピックで、新しい東北と震災から復興しているわが国の姿を発信していきたい。震災の教訓を忘れず、未来を見据えながら、さらなる復興の加速化に向けて取り組んでもらいたい」と指示しました。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140310/k10015867661000.html
東京オリンピックは6年後。フクシマ・大震災から3年たった
現状を首相はどれほど認識して6年後の未来を見据えているのでしょうか。
[震災の教訓] 地震津波の予知予測と、防災まちづくり基準の根本的な見直し、原発安全神話の完全な崩壊をはじめ、甚大な犠牲と損害をもたらした震災の原因究明は、わからないことだらけでその緒についたとさえ言えないのが現実でしょう。
[さらなる復興の加速化] 福島県田村市の一部に出されている避難指示を、来月1日付けで解除することを決め、また、「避難指示解除準備区域」に指定されている川内村と楢葉町の一部について、除染が比較的進んでいることから、指定の解除に向けた取り組みを本格化するとしています。政府の基準による目に見えない放射能の「除染完了」は、住民帰還の条件として大きな問題を含んでいます。フクシマ被害者の「帰還ないし移住」の施策は「指定解除に基づく補償打ち切りの問題」とセットになっておりこのまま政府基準で「加速化」されれば「フクシマの未来」に新たな困難を生み出し行政主導の「汚染問題」切り捨てにつながることが懸念されます。
[復興事業の推進] 災害公営住宅の建設や高台移転のための宅地の造成などの復興事業の推進とともに、一部で不通になっている常磐自動車道を、来年春の大型連休前までに全線開通させる方針とのこと。南三陸町でも、こうした事業がようやく目に見えて少しずつ動きはじめています。防潮堤や、自動車道路の復旧延伸など[復興の姿]として誇示しやすいものですが、ゼネコンの談合や、入札不調、資材や担当職員の不足の問題などをかかえ、さらに避難道路の建設や漁港の復旧、被災者の生活再建と結びついた町づくりなど、住民の意思を活かした復興事業を加速して欲しいです。
[長期化する避難生活への支援や、暮らし、働く場の再建、特に長期避難されているお年寄りの孤立防止や、子どもたちの心のケアなどの、健康・生活面の課題への対応] フクシマでは、震災直接の死者数より関連死死が上回っている事実に端的に示されているように、すぐに手を打って欲しい問題です。「三年目の区切り」で、ボランティアなどへの行政支援が打ち切られることももんだいですし、特に被災家庭の子どもに対する教育支援を強化して欲しいです。
[東京でのオリンピック・パラリンピックにおける「新しい東北と震災から復興しているわが国の姿の発信]「原発を再稼働しなければオリンピック開催を返上しなければならない」などと公言する東京オリンピック組織委員会会長の発言が暗い影を落とします。この問題は改めて十分に検討したいです。 

ゴジュウカラ 2014/03/15(Sat) 16:56 No.255
週刊歌津92

事情がありしばらく仙台を離れ首都圏で過ごすことになりました。11.3.11からまる三年。「福島から250キロ」ほどの距離を隔てて、地元と首都圏の感覚の違いがどんなものかについても感じてみたいと思っています。

* 6−9日の日程で、秋葉原駅構内に「三陸うまいものマルシェ」が立ちました。冬に逆戻りのような冷たい風のなか、南三陸町からも4店舗が出店。大東京のほんの一隅のささやかなイベントですが、足を止めて下さる方も多く、男性のお客さんも目につく賑いでした。すぐそばの老舗デパートでは東北物産展が開催中。こちらは人があふれる大混雑の中、女川の海鮮丼イートインには長蛇の列。「復幸金華さばの缶詰」も大人気。復興支援の心意気でしょうか。2月18日付昆布さんの投稿でも、首都圏や、その他各地で行われる物産展などのイベント
が「震災の記憶を風化させない」意味を持つことが書かれています。被災地の地場産業が懸命に生産を回復させてきても、この間の販路の喪失は容易に取り戻すことが出来ず苦難が続いています。私は「物産展マニア」を自称して、容易に足を運べない地域の名物に接するのが大好きですが、全国各地のかたがたに東北の魅力が伝わり、被災地復興の励みになって欲しいと願っています

*「特報首都圏」という仙台では見れない番組が「震災3年の課題。どう向き合うのか」を放映。フクシマ事故による放射線廃棄物の群馬、栃木、茨城、千葉における最終処分施設建設問題の難航についてや、3.11から3年を経過して行政支援がなくなるため首都圏での避難者のコミュニティ維持を支える支援事業を終了せざるを得なくなっている状況などが取りあげられていました。
「3.11から3年」という区切りで、各種のマスコミが多くのキャンペーン記事や、番組を作成しています。マスコミの絶大な情報力は良くも悪くも「世論」の形成に影響力を持ちます。情緒的、詠嘆的な「追憶」に流れることなく、本質に迫る報道を願っています。

ゴジュウカラ 2014/03/09(Sun) 21:27 No.254
震災から学ぶ中・高校生 その2

 (前号の続きです)ありました。生徒たちは「建てて終わりではなく、これからが始まりですね」と言っているそうです。女川中学で学んだ3年間は、そして他の中学校でもそれぞれの得難い経験で、卒業後の大きな糧になったことと思います。高校生たちも同じことだと思います。福島のある高校では、卒業式で校長先生が‘三年間一度もプールに入れなかったみなさんのことを思うと・・・」と言われたそうです。卒業生たちもきっとつらい経験を将来に生かしてくれることと思います。それにしても、復興庁にもっともっとがんばったもらいたいと思います。(前号の3つの対策の前の変な記号は?@、?A、?Bです。また、記録反は記録班です。間違いが多くて読みにくくてすみません)

昆布 2014/03/05(Wed) 17:00 No.253
震災から学ぶ中・高校生

 震災の年に入学した中学生、高校生がこの3月、この3年間多くのことを学んで学校生活を終え卒業していくのですね。作年(20013年)12月4日の「朝日」に‘この碑より上へ逃げて’という見出しで、女川中学の取り組みが紹介されていました。3年生全員で町内21カ所にある浜すべての津波到達点付近に石碑を建てようとしている。彼らは1年生に入学した時、授業で「ふるさとのため何ができるか考えよう」と問いかけられ、半年後、3つの津波対策を考えたそうです。?@絆をつくる ?A高台へ避難できる町をつくる ?B記録に残す この3つの対策を実行していくために委員会を作り、全校で取り組んでいきました。?Bの記録に残す具体案が石碑を建てるということでした。宮城県内の石材店が生徒たちの思いに共感し、石代を無料とし、加工費や建設費だけ21其分約1千万円を引き受けてくれました。生徒たちは1千万円を集めるため2013年の春から「100円募金」を呼びかけ、修学旅行先の東京でも募金を呼びかけた。3年生となり、募金額が700万円を超えた7月、記録反の委員が石碑に刻む文言を募った。国語の授業で1年生の時からつくってきた俳句から火に刻む俳句の候補を決めた。そして、2013年11月23日朝、女川中学で1基目の石碑が多くの関係者の見守るなかで除幕された。石碑の右側には「ここは、東日本大震災津波到達点より高い」と、中央には「女川いのちの石碑 千年後のいのちを守るために」と、左端には俳句「夢だけは 壊せなかった 大震災」と刻まれている。その下に約400字の文言、3年生全員の思いを込めたメッセージが刻まれている。同日昼には、中学から5キロ東にある浜、竹ノ浦でも2其目の除幕式を行ったと

昆布 2014/03/05(Wed) 16:41 No.252
週刊歌津91

いよいよ3月を迎えました。寒の入りから大寒の時期は雪も少なく暖冬かと思っていたら、立春を過ぎて大雪と寒波襲来。その名残が仙台の西はずれにはまだたっぷり残っています。三年前のことを思い起こすとやっぱり寒くて雪が降り、雪を溶かして生活用水を調達する心配をしたことなどが蘇ります。あの3.11から三年。何がどう変わったのか、なにが始まり、何を考え、何をしなければならないのか。先の見えない大きな課題です。

* 東日本大震災で多数の犠牲者が出た沿岸14市町は11日、それぞれ追悼式や慰霊祭を開きます。震災から丸3年となる11日は、県が昨年4月に条例で定めてから初めての「みやぎ鎮魂の日」。知事は当日、震災の記憶の風化防止や復興祈念など条例制定の目的を県民に訴えるとしています。 小中学校は、石巻市と東松島市が全小中学校を休校とするほか、気仙沼市と南三陸町が午前中のみの授業として生徒らが慰霊行事に参加しやすいようにし、犠牲者を悼み、防災などを考える日にしたい由。また、県立高校は92校中90校が休校。宮城農高校と多賀城高校は登校して追悼や防災学習の全校集会を行います。

*  東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県の公立高240校と私立高34校で1日、卒業式がおこなわれました。震災の年に入学した卒業生たちは、復旧・復興の歩みと重なる3年間の高校生活を終え、門出を迎えました。震災の津波で校舎が全壊し、仮設校舎で学ぶ宮城農(名取市)の卒業式は、名取市文化会館で行われました。本校舎に通う機会は一度もなかったが、228人の卒業生が感謝と希望を胸に学びやを巣立ちました。生徒たちは入学後、加美農(宮城県色麻町)、柴田農林(同大河原町)、亘理(同亘理町)の3校で分散授業を強いられ、2011年9月からは県農業大学校(名取市)敷地内の仮設校舎で学びました。卒業生のひとりの生徒は「あの日は僕が体調を崩し、出掛ける予定だった母が家にいて津波に遭った。自分のせいで母が犠牲になったと思うと苦しかったが、学校のみんなに支えられ、きょうまで来られた」と感謝。宮城農は18年春、名取市西部に新校舎が完成する予定です。

* 東日本大震災で児童と教職員計84人が死亡・行方不明になった石巻市大川小の津波災害で、第三者の事故検証委員会は1日、事故原因の分析や再発防止に向けた提言を盛り込んだ最終報告書を市長に提出しました。これに先立ち第三者による事故検証委員会の最終報告書の説明を受けた児童7人の父親たちは2月23日、記者会見で苦渋の表情を浮かべ、失望と怒りをそれぞれ次のように訴えました。
「被災地の血税を投じた検証なのに新たに分かったことは何もない。なぜ息子が死んだのかを知りたかったのに、周辺情報の調査ばかりに時間が費やされた」
「遺族が調べた情報を提供しても反映してくれなかった。助かった子どもの証言を反映しなかった市教委と同じ」
「息子は『同じことを繰り返してほしくない』とつらいながら証言してきた。専門家が応えてくれず息子に何と言えばいいのか」
「失うものは何もない。責任の所在を明らかにさせるため、裁判に打って出たい」
「子どもの敵を討つため法的手段も検討したい」
「市教委との話し合いで遺族はぼろぼろに傷つき、検証委も思いを受けてくれなかった。3年がたち、誰が子どもたちの死の真相を説明してくれるのか」
「市教委は話すと、それまで明らかになっていなかった事実がこぼれてくる。まだまだ市教委と話し合いをしたい」http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062//20140224_03.html
* 
 東京電力は2月24日、就労不能損害の一律賠償の延長期間を1年間として2015(平成27)年2月末で打ち切る方針を発表しました。、東電は「延長期間は就労を促すための期間」と説明し期間終了後も賠償対象となり得る場合の「個別の事情」については明確な基準を示していません。東電は当初、就労不能損害について賠償期間を3年としていたが、賠償方針を明示していなかった3月以降分については、県などの要望に広瀬直己社長が今月、延長方針を示したため、期間が注目されていました。東電は1年延長について、雇用保険の受給期間を参考にした。失業中の被災者については就労意思がある人に限定するとしています。これまで賠償から差し引いていなかった事故後の就労で得た収入を差し引くことにした理由については「事故当時と比べ県内の雇用環境が改善している」としています。しかし加害者の東電がルールを決める仕組みはあらためて疑問視されています。http://www.minyunet.com/news/news/0225/news10.html

* 東京電力福島第1原発の汚染水対策として、原子炉建屋に流入する前の地下水をくみ上げて海に放出する地下水バイパス計画で、東電は25日、いわき市で開かれた県下漁協組合長会で、放出する水に含まれる放射性トリチウムの濃度を1リットル当たり1500ベクレルにするなど新たな排水基準を示しました。くみ上げた地下水は一度タンクにためて放射性物質濃度を測定し、基準を下回った場合のみ海に放出。放出量は原子炉建屋に流入する1日約400トンのうち、最大約100トン。放出前の測定で基準を超えた場合は放出を停止、浄化などの対策で基準値未満になった上で再開するとしています。地下水バイパスは、漁業者から計画の安全性や新たな風評を不安視する意見が多く、実現のめどが立っていません。
http://www.minyu-net.com/news/news/0226/news7.html
フクシマの汚染水問題や、除染問題、避難指示解除問題は非常に大きな問題を孕んでいます。情報も十分開示されていません。批判と監視、丹念な追究がどうしても必要だと思います。

ゴジュウカラ 2014/03/03(Mon) 14:22 No.251
亘理町の農家の挑戦

 先日(2月下旬)、亘理町の農家の取り組みをとりあげていたテレビ番組を見ました。亘理町はいちごが有名で、いちごで生計を立てている農家も多かったそうですが、震災で土が塩分を含んだためいちごに適さなくなり、途方にくれていたそうです。そこで、比較的塩分に強いトマト栽培に切り替え、収穫後はケチャップやジュースにも加工し、いわゆる6次化で頑張っていこうとしていた矢先、収穫前の長雨でトマトが大部分ダメになってしまいました。でも、また次の手を考えました。本来、畑は冬は休耕したいところですが、大根を植えました。大根は順調に成長し、これを丸森町の‘へそ大根’のように加工しようということになり、丸森町に見学にいきました。大きい大根を輪切りにし茹でて(ゆで加減が大事)中心部に針金を通して並べて干せば出来上がり。煮た‘へそ大根’は最高の味ということでした。こうして亘理庁の農家の人々の挑戦が続いていきます。今年の夏はまた、トマト栽培になるのでしょうか。今、産業の6次化が注目されています。こういう取り組みが広がることが地域の活性化につながるような気がします。歌津の直売所‘みなさん館’のその後のようすも楽しみです。なお、前号で「朝日」の記事「たかがポスター・・」は2月24日づけでした。訂正します。

昆布 2014/02/27(Thu) 05:55 No.250
震災後の町づくり

 震災から3年。被災地では町づくりの計画が少しづつ進んでいるようですが、防潮堤の高さのこと、住宅地は高台に、商店街はかさ上げしてまとめて市街地に、などなど、いろんな考え方があって本当にむつかしい問題ですね。南三陸さんさん商店街の方たちも高台に出店するのも大変だし、かといって、市街地に商店だけ集めても、職住分離でもとの賑わいが戻るだろうかと不安だと思います。その上、資材不足や建設費が高騰していて、その困難さに輪をかけています。2月25日の「朝日」に‘たかがポスターされど・・・’という記事が載りました。宮城県沿岸5市町の首長と議長が1月半ば、東京の復興庁に復興の課題を陳情に行きました。応接室に通された彼らの目に入ったのは、目立つように貼られていた東京五輪を祝うポスター「感動は次はニッポンで」でした。出鼻をくじかれたそうです。復興庁は被災地のためにできた組織。被災地の町づくりの困難さは想像するに余りあります。国が総力をあげて取り組むことが求められています。ポスターに力を落としたという話、一事が万事でなければいいのですが。

昆布 2014/02/26(Wed) 06:34 No.249
週刊歌津90

* 本日23日で冬期オリンピックも閉幕。森元総理・東京オリンピック組織委員会委員長の問題発言が波紋を呼んでいますが、これに先立つ同氏のビックリ発言について古賀茂明氏が『週刊現代』2月8日号に記事を載せています。大変長い引用になりますがフクシマ問題の今後の成り行きを見ていく上で是非記憶にとどめておきたいと思いますのでご容赦ください。
 

森氏は、18日のテレビ番組で、小泉純一郎・細川護熙の元総理コンビが主張する「原発即時ゼロ」について、「五輪のためにはもっと電気が必要だ。今から(原発)ゼロなら五輪を返上するしかなくなる。世界に迷惑をかける」と批判した。森氏は東京五輪・パラリンピックの大会組織委員会会長への就任が決まっている。その森氏が、原発を動かさない限り五輪ができないと言ったのだから、この発言は日本だけでなく世界にとっても大きな問題になりかねない。
こう言うと、大げさに聞こえるかもしれないが、もし仮に原発が動かなければオリンピックが開催できないというのが本当で、それをIOC(国際オリンピック委員会)の委員達が知っていたとしたら、果たして、2020年オリンピックの開催地として東京を選んでいただろうか。
そう考えると、こんな疑問が湧いてくる。日本政府は、原発を動かさないと日本の経済は立ち行かないと常々言ってきた。本当にそうだと信じているのだとすれば、IOCに対して、日本政府はどのような説明をしていたのか。原発が動かなければ、電力が足りないとか、日本経済は立ち行かないと説明していたのだろうか。
その答えは、意外と簡単に見つかった。それは、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会が、'13年1月7日、IOC本部(ローザンヌ)へ提出した14項目から成る立候補ファイルの中にあった。250ページを超える豪華なカラー刷りのファイルはネット上でも閲覧可能だが、全部で60MBを超える重たい資料だ。相当な金を使ったなと一目でわかる。
問題の箇所は、そのファイルの「08 競技及び会場」の項、121ページ以降に「既存の電力供給能力」という記述で掲載されている。詳細な説明を読んでみて驚いた。一言で言えば、「原発なしでも2020年の電力需要に『余裕で』対応できる」と言っているではないか。
このことは、日本政府に対する深刻な不信を呼び起こす。もし仮に、政府が、原発なしでは電力供給や日本経済に不安があると信じていたとすれば、日本政府はIOCに大嘘をついていたことになる。汚染水は「アンダーコントロール」と言った安倍総理の大嘘と並び、嘘で塗り固められたオリンピック誘致だったことになるのだ。
一方、仮に、IOCに本当のことを言ったのだとすれば、今度は、日本政府が日本国民を欺いていることになる。どちらにしても、政府は嘘つきだということは変わらない。

中略

しかし、本当はもっと深刻な問題がある。それは、この発言の目的が、東京都知事選の立候補予定者である細川元総理とその支持者である小泉元総理を批判することにあるのが明らかだからだ。現に、マスコミはそう伝えた。
だとすると、オリンピックを政治目的に利用しているということになる。明白な五輪憲章違反だ。
『週刊現代』2014年2月8日号よりhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/38208

*  東京電力は20日、福島第1原発で汚染水をためている地上タンクの上部から、汚染水約100トンが漏れたと発表しました。汚染水からはストロンチウム90など透過力の比較的弱いベータ線を出す放射性物質が1リットル当たり2億4000万ベクレルと極めて高い濃度で検出され、タンクを囲む堰(せき)の外に流出、土壌に染み込みました。現場は山側のタンク群のうち「H6」と呼ばれる区域。汚染水漏れ事故の発覚前にタンクの満水状態を知らせる警報が鳴ったが、東電は適切な対応を取っていなかったとのこと。地元では、余りに高い濃度の汚染水の大量流失と、度重なる汚染水漏れに怒りと不信を強めています。http://www.minyu-net.com/news/news/0221/news7.html

これまで「週刊歌津」でもフクシマの深刻な状況について何度か触れてきましたが、せめて、嘘をついたり情報の隠蔽、歪曲を行ったりせずに、事実を事実として公表してもらいたいものです。

* 震災後の新しい町づくりが、被災から三年を経てようやく少しずつ形を見せ始めてきています。
南三陸町でも中心部の志津川地区が津波で壊滅し、復興計画では旧市街地に住宅を再建できなくなり、造成する高台の西、中央、東の3地区に約960戸が移住します。町は、山を削って出た土砂で旧市街地をかさ上げし、区画整理をして商業地にする方針で、東京の著名な建築家にグランドデザインを依頼しました。夢が膨らむ一方、奥尻や、神戸の震災復興町づくりから学ばねばならない大事なこともたくさんあるようです。
 町産業審議会長で食料品店や水産加工を営む山内正文さんは「住民の利便性と商店の集客力の双方の低下が心配される。買い物バスの巡回など高台から低地に人を呼び込む工夫が必要になる」と指摘します。また地域密着型の商業には限界もあります。町の人口は震災前の1万7600から3000減少。住民票を残して町外に出た人も多く、商店主らは「実際は5000〜6000人ほど減った」とみています。南三陸商工会商業部長で志津川地区まちづくり協議会長の及川さんは、32店が入居する仮設商店街「南三陸さんさん商店街」の組合長を先月まで務めましたが、商店街の売り上げの7割以上を町外客が占め、住民限定の商売だけでは苦しく、人口減は死活問題」と憂慮します。一方、町が地元住民向けの商業地などとして想定する地区や、高台の住宅地へ出店する動きはほとんど見られません。http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20140220_02.htm
神戸の震災復興再開発で、立派な箱物が出来ても地元の商店街の復興に繋がっていない現状などが伝えられていますが、南三陸町で暮らしたいと願う人々がしっかり生活を回復できるような町づくりが成功する様心から願っています。

ゴジュウカラ 2014/02/23(Sun) 22:23 No.248
みやぎ黄金海岸観光物産展(東京都庁)

 17日(月)友人3人と都庁で開催されている「みやぎ黄金海岸観光物産展」に行って来ました。12日から18日の期間中、前半が気仙沼市と南三陸町、後半が石巻市と女川町ということで、私たちが行ったときは、石巻市や女川町のときでした。大雪のため、品物の届くのがとどこおり品薄になっていて、当地からいらっしゃった係の方たちも残念がっていらっしゃいましたが、わかめやとろろ昆布や蛸のオリーブオイル漬など買うことができました。今まで、南三陸町のことは少しは見聞きしていたのですが、今回、女川町のことをパンフレットで知ることができ、金華山についても初めて知ることができました。黄金海岸というネーミングにも納得がいきました。当地から東京まで出てきて観光アピールするのも大変でしょうが、被災地のことを多くの人に知ってもらういい機会ですので、これからも継続的にこういう取り組みがおこなわれることを願っています。

昆布 2014/02/18(Tue) 17:02 No.247
週刊歌津89

2月もすでに半ばを過ぎ、11.3.11のあの日から満三年を迎える日も目前になりました。先週、今週と週末に大荒れ大雪の天候となり、歌津の平成の森仮設も雪かきや寒風の対応に大忙しとのことです。被災地に日帰りできる程の近い場所に住んでいてさえ、自覚して耳目を働かさなければ、大震災以前と変わらぬ日常に戻っているような「錯覚」に陥ります。しかし、人間の営みが根こそぎ失われる恐怖、核・放射能災害の終わりの見えない脅威、3・11によってもたらされたこうした強烈な体験を、被災地だけでなく、どこの誰もがそれぞれに様々な形で深く刻み込まなければならないように思います。被災の直接的な苦難を免れていればこそ出来ることもいろいろあるのではないでしょうか。

* 2月現在、震災津波による宮城県の行方不明者はなお1253人。南三陸町では219人です。女川では、行方不明の妻を何とか自宅へ連れ戻したいと願う男性が仕事の傍ら潜水士の資格を取り、がれき撤去のボランティアに加わって潜水技術の向上に励んでいることや、月命日ごとに捜索を行っている気仙沼市の様子などが伝えられています。

* 通常なら競合必至の大型土木工事や災害公営住宅の新築工事について、落札業者が決まらないケースが1月以降に沿岸部で相次いでいます。県は、入札不調がさらに深刻化する恐れもあるとして、両分野を重点に、発注見通しの早期公表や入札参加条件の緩和に取り組んで応札を促すとのこと。WTO協定により海外企業の入札も可能な19億円以上の大型土木工事と災害公営住宅の新築工事については1月、それぞれ2件と4件の入札不調があり、こうした事態はともに震災後初めてです。大型工事は利益が出やすいとされ、災害公営住宅は県が最優先での実施を目指しているもので、今後、県内企業とのJV条件を外しゼネコン単独の応札を可能とするとか。
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20140214_01.htm
この記事だけではどうしてこういうことになるのか分かりません。生コンなどの資材不足や、個人の住宅建設も業者が見つからないなど、一体どんな需要にとられていっているのでしょうか。

*  宮城県気仙沼市の離島・大島の小田の浜地区の防潮堤計画で、県と住民の意見交換会が15日、大島開発総合センターでおこなわれました。県は海抜11.8メートルの建設計画を見直し、3.5メートルの原形復旧にとどめる方針を示しました。防潮堤計画への住民の抵抗が根強いことから、県が方針転換し、東日本大震災で地盤沈下した既存の防潮堤を1メートル上げ、震災前の高さの3.5メートルに戻します。浸水の恐れのある防潮堤背後地を買収してクロマツなどの防災林を造成する考えも明らかにしました。原形復旧により、整備コストは3分の1以下に抑えられるということです。http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20140216_02.htm
一方、白砂清澄の大谷海岸を擁する気仙沼小泉地区では、14m超の防潮堤計画を巡って住民の意見が対立し県の計画で押し切られました。海岸に生物が戻ってきて復活の兆しがあり、住民は高台移転が決まっているのでこんなに高い防潮堤は不必要とする立場の人達は、国の机上の算定に基づく指導が先行し、住民の協議が不十分なことを批判しています。

* 運休中のJR山田線宮古−釜石間(55.4キロ)の復旧策を検討する沿線4市町の首長会議が11日、岩手県宮古市で開かれました。会議は宮古市、山田町、大槌町、釜石市の沿線4首長と岩手県、三鉄、JRの担当者が出席し、非公開で行われました。JRは1月31日の復興調整会議で、山田線と接続する三鉄の南北リアス線との一体運営を提案。首長への説明は今回が初めてです。車両、設備の無償譲渡のほか、復旧後の山田線部分に一定期間の赤字を一時金で補填することや古い設備の更新、三鉄への人的支援など詳細な支援内容も提示ましした。会議後、宮古市長は「鉄路復旧を早期に実現させるためには、三鉄での運営も選択肢の一つ。結論を出せる状況にしたい」と評価しました。http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20140212_04.htm

* 第32回志津川湾春つげ牡蠣まつり福興市開催!! 『志津川湾で育んだ美味しい牡蠣が食べられる』が今回のテーマです。牡蠣汁、蒸し牡蠣、焼き牡蠣はもちろん、牡蠣を使った料理のブースが立ち並びます!皆様お揃いでおいで下さい。
開催日時:平成26年2月23日(日) 9:30〜14:30【雨天決行】
開催場所:さんさん商店街隣接特設会場

ゴジュウカラ 2014/02/17(Mon) 21:27 No.246
気仙沼線の復旧を

 昨年10月南三陸町を訪れたとき、友人の計らいで気仙沼線のBRTに柳津から歌津まで乗ることができました。線路の上を走るよりも一般道を走っている方が多かったような気がします。この区間だけの話かもしれませんが。このたび、JR東日本が復旧の具体案を示したのは地元の要望があったからだと思います。山田線も線路を復旧して、その後沿線自治体に無償譲渡し、運行は三陸鉄道にという案が出ているそうですが、やはり山田線の復旧を望む地元の声が強かったから、JRも重い腰を上げたのではないでしょうか。南三陸町も人口が減っているそうですが、昔からの気仙沼線が本当に走りだしたら、地域の復興にもプラスになるのではないかと思われます。地元の人たちもきっと大喜びだと思います。BRTでは鉄道にはかなわないと思います。

昆布 2014/02/11(Tue) 20:56 No.245
週刊歌津88

* 町中心部だった志津川市街地は東日本大震災の津波で壊滅しましたが、このうち先行的に復興を進める「早期まちびらきエリア」周辺の10ヘクタール程度のグランドデザインについて、町は3月末までの作成を建築家で東大教授の隈研吾氏に依頼しています。同氏は6日、宮城県南三陸町を訪れ、志津川市街地の復興に向けた土地利用指針となるグランドデザインについて住民団体の関係者らと意見を交換。中間報告として回遊性を重視した町づくりのため、海や山の眺望に配慮した道路配置や、防災機能を保ちながら街並みと海川を緩やかにつなぐ防潮堤の案を示したということです。

* 河北新報社が行ったアンケートによると、災害公営住宅と住宅再建を伴う事業(防災集団移転促進、土地区画整理など)を合わせた公的住居の整備計画戸数は、被災三県37市町村で計4万9394戸。このうち、3月末に見込まれる完了戸数は3304戸(6.7%)にとどまることが分かりました。災害公営住宅の場合、計画総戸数2万3790戸のうち、陸前高田市や宮城県女川町など13市町の計4250戸は完成時期が16年度以降か、未定となっており、国が集中復興期間とする15年度内に整備を完了できない状況です。
 さらに、これら37市町村のうち、34市町では人口が減り、そのうち7市町で震災前に比べ10%以上の減少したのに対し、仙台市と、同市に隣接する名取市、宮城県利府町では増加しています。南三陸町では16.9%と大きく減少しています。これついて、被災地の復興の遅れから沿岸部の住民が内陸部や、仙台圏に移住し、そこに人口が集中する傾向がうかがえると分析されています。http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20140202_04.htm

* JR東日本は5日、東日本大震災で被災、運休中の気仙沼線柳津−気仙沼間(55.3キロ)について、鉄路復旧の総事業費が700億円に上るとする概算を明らかにしました。うち震災前の状態に戻す費用300億円を自社で負担し、ルート移設などに掛かる残り400億円は公的支援を求めるとしています。しかし公的支援の枠組みをはじめ課題は多く、鉄路復旧の見通しは依然不透明です。JR東の復興企画部担当部長は「鉄道復旧という地元の強い要望を受けて試算した。赤字路線だが守りたい。費用捻出について沿線自治体を交えて議論したい」と述べました。

* 東京都庁第1庁舎 2階「全国観光PRコーナー」において、2月12日から18日まで、 東日本大震災により甚大な被害を受けた石巻市、気仙沼市、女川町、南三陸町の2市2町が、みやぎ三陸黄金海道エリアの復興をアピールするとともに、観光と物産の紹介を通じて観光客の誘致を図るため、「観光物産展」を開催します。南三陸町からは、たこわさび、バレンタイン蒲鉾、塩蔵わかめ、オクトパス君グッズ等が出品されます。首都圏のみなさん、どうぞ足をお運び下さいますよう!

* 東京新聞は「東京電力高濃度計測 公表遅れ次々 福島第一地下水 見込みの10倍も」という見出しの署名記事を載せています。看過できない重要な問題だと思いますので、以下に引用します。
 『福島第一原発の護岸近くの地下水が放射性物質で汚染されている問題で、東電は高濃度の放射性ストロンチウムを検出しても「分析中」として、長らく公表してこなかった。未公表にしてきた値の一部は、東電が見込んでいた値の約十倍もあり、都合の悪い数値は明かさないのでは、という疑念を招く。
特に問題なのは2号機前の二つの地点の値。東電は七月五日にくみ上げた水で一リットル当たり五〇〇万ベクレル、八月八日の水では四〇〇万ベクレルという高濃度のストロンチウムを検出した。ところが、ストロンチウムも含めたベータ線を出す物質全体の濃度は、九〇万ベクレル程度だった。九〇万ベクレルという値が正しければ、ストロンチウムは半分程度の四〇万ベクレル前後になるはずで、東電は「ストロンチウムの値が高すぎる。計測が間違っている可能性が高い」と勝手に解釈して公表しなかった。ところが原子力規制委員会の作業部会で「ベータ線を出す物質の測定は誤差が大きい、こちらを過小評価している可能性もある」と指摘され、東電は計測に問題がないかどうかを確認。その結果、基本的に計測に問題はなく、ストロンチウムの値は当初の東電の計測値で正しいと分かった。六、七の両日に公表された東電の資料で、検出されたストロンチウムの値から計算すると、2号機前の二地点では、ベータ線を出す物質の濃度は公表値よりずっと高い可能性がある。』
http://www.tokyonp.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2014020802100004.html

*  茂木経済産業相は6日の参院予算委員会で、工事が中断している東京電力の東通原発(青森県東通村)の建設続行を容認する考えを示しました。東通原発は震災前の2011年1月に着工したが、3月の東日本大震災で中断し、そのままの状態になっています。原発の新増設について安倍晋三首相が「想定していない」としていることから、建設の初期段階にある同原発の扱いが注目されていました。経産相は、同原発がすでに設置許可が下りている事業であることを理由に「新増設には含まれない」との認識を示したものです。
http://www.47news.jp/feature/kyodo/news05/2014/02/post-8877.html

ゴジュウカラ 2014/02/09(Sun) 22:49 No.244
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