週刊歌津145

*「週刊歌津」の更新が滞ってしまいました。私自身のなかで「風化」が始まっているのかと自問しつつ、「奥尻」「阪神淡路」大震災でも、5年目からが正念場を迎えるといわれたことを思い出しました。東日本大震災では、さらに東京電力福島第一原発災害が加わり、事態は一層深刻です。しかも「国威発揚」の東京オリンピック開催を控えるなかで、私たちがどこまで大震災の教訓を深く真摯に学び東北・日本の復活に取り組んでいけるかが、問われていると思います。
*6月には、『復興の軌跡』utatu.netに6本投稿しました。「国民の安心安全」とか「バラ色の成長戦略」とか、為政者は声高に語りますが、それとは裏腹に厳しい現実が目前にひろがり思わずため息をつきそうになります。それでも地道にあきらめずにと・・・

ゴジュウカラ 2015/08/02(Sun) 17:18 Home No.366 [返信]
震災復興支援バザー

 去る5月10日(日)、東久留米の滝山団地センター広場で恒例のバザーがあり、私と友人のKさんで、震災復興支援バザーののぼりを立てて、歌津みなさん館から仕入れたワカメと椎茸かりんとうを売りました。ワカメは30個(250円)、椎茸かりんとうは10個(350円)。いつもの‘いつよおばあちゃんのかりんとん’が入手できず、椎茸かりんとうは初めてなので少なめに注文しました。私たちの売り場に、歌津出身のSさんが‘また、歌津からワカメ仕入れてくれてありがとう’と言いながら、近づいてこられました。そして会場のあちこちで‘三陸のワカメは美味しいんだから!’と宣伝して歩いて下さいました。おかげさまで、ワカメと椎茸かりんとうを完売することができました。買ってて下さった方にいつも、みなさん館のリーフと歌津のちょっとしたニュースもお渡ししています。今年は歌津復興の軌跡、3.21号の‘町おこしの新たな工芸品 経木グッズの店「クチバシカジカ工房」の記事を載せました。私の周囲で、歌津が少しづつ知られるようになってほしと思っています。、

[添付]: 0 bytes

昆布 2015/05/17(Sun) 09:58 No.363 [返信]
Re: 震災復興支援バザー
投稿大変うれしく読ませていただきました。生ワカメが手に入ると、このシャブシャブがまた美味しい!!三陸の海は本当に豊かですね。「クチバシカジカ工房」の経木グッヅのなかで、伊里前商店街で扱っていた葉書を手に入れました。経木といえば、私の子どもの頃は肉屋さんで揚げたてのコロッケを包んでもらった記憶があります。裂けてしまわないかと思ったりしましたが、心配無用、書き心地も、風合いも良くお気に入りの一品です。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/05/28(Thu) 21:04 No.364
週刊歌津144

*政府は、5年の「集中復興期間」以降、16年度から5年間を 「復興創生期間」と名を変えて、復興事業費の国庫負担を大幅に削減する方針を決めました。岩手県知事が批するように、被災地切り捨てともいうべき施策は「記憶の風化」よりオソロシイ!むしろ「記憶の風化」を見通して押しとおすつもりなのでしょうか。これに関連する記事を 『復興の軌跡』http://utatu.netに投稿しました。
*五月の連休を利用して、「マリンピア松島水族館」や、「ゆぽっぽ女川」を訪ねました。仙台駅から仙石線で松島海岸駅まで。駅前に「マリンピア松島水族館」があります。創設から88年。仙台及び周辺の遠足の聖地。親子三代が親しんだ水族館も津波につかり再起し、そして惜しまれながら10日で閉館。仙台港の新施設に移ります。駅前から代行バスで矢本まで。野蒜駅を含むこの区間は津波の被害のひどかったところで、内陸に線路を移して5月25日につながり、石巻まで仙石線として全線開通します。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/05/13(Wed) 15:57 No.362 [返信]
週刊歌津143

* 4月半ばを過ぎてようやくクルマで南三陸町への訪問を再開できました。平成の森仮設の知り合いの方にも久しぶりにお目にかかれました。館浜地区の方々がまとまって高台移転をする造成地も完成し、ご家族で間取りのはなしなどを始めているという近況を伺い、4年たってようやくここまでこぎつけられたご苦労に改めて頭の下がる思いです。新居への希望がふくらむ一方、4年を区切りに仮設生活を支えてきたたとえば高齢者の見守り訪問などへの行政支援が終了してしまったり、空き仮設の増加による諸困難など、新たに直面している問題も多いとのことです。
 伊里前仮設商店街もかさ上げ工事が始まるため現在地から離れて「仮設から仮設へ」移動することになっており、「本設」はまだまだ見えない「その先」のはなし。長く険しい道のりです。管の浜の海近くに、カキの加工所を建ててカキ養殖販売を再開した歌津の漁師さんご一家も、かさ上げ工事と防潮堤の建設で刻々と浜が変貌するなかで「人の心も変わらなければいいんだが」と言われた言葉が重く心に残りました。
* 歌津再訪の写真報告を含め、4本の記事を投稿しました。
『復興の軌跡』http://utatu.netをご覧いただければ幸いです。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/04/22(Wed) 21:03 No.361 [返信]
週刊歌津142

* 福井高浜原発3,4号機再稼働差し止めの仮処分決定が福井地裁でだされました。最近、首相・政府周辺は、「辺野古」にしろ「再稼働」にしろ、自己の主張に合わないものにはまるで聞く耳を持たないような態度が目立ちます。選挙による民意がどうあろうと、地裁の判決が何を言おうと「既定方針に影響を及ぼすものではない」「粛々とおしすすめる」の一点張り。国民の安全を岐路に立たせるような重大問題について、もっと謙虚にしてもらいたいものです。
* 南三陸町など津波被災地の巨大土木工事が進む中、足を踏み入れたら迷ってしまいそうぬな不安が先に立ちクルマでの訪問を躊躇しています。地元のメディアの写真などの転載で様子を想像していただけますでしょうか。
『復興の軌跡』http://utatu.netにはこれらの関連記事を5本投稿しました。ご覧いただけますでしょうか。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/04/15(Wed) 18:10 No.360 [返信]
放射線を浴びたX年後

 大震災から4年がすぎました。被災者には復興の実感は程遠いのだと、いろいろなアンケート調査などから推測しています。11日当日のフジテレビの特集番組は見ていませんが、先日‘放射線を浴びたX年後’というドキュメンタリー映画を見ました。1954年のビキニ水爆実験で被曝した多くの漁船の乗り組み員たち。第五福竜丸以外の被曝はあまり知られていなくて人々の記憶から消えていきました。それを南海放送が8年にわたり「もうひとつのビキニ事件」として、地元の被災漁民に聞き取りをして、その実態を明らかにした内容でした。多くの乗り組員たちが何年かのちに早死にしています。それも‘のどが痛い’と言って。3・1ビキニ事件の時の政府の無責任な決着の仕方を怒りを込めて告発しているものでした。4年前の福島の原発事故で、たくさんの人が苦しんでいる、不安を抱いてい
る。それに政府はどう向き合っているのか?3・1ビキニ事件の時、政府がもっときちんとした調査や被曝者救済の対応をとっていたら、今回の原発事故への責任の取り方も変わっていただろうと思います。過ちを繰り返してはいけない。被曝して亡くなった多くの漁民たちに報いるためにも、と思いました。

[添付]: 0 bytes

昆布 2015/03/13(Fri) 08:52 No.354 [返信]
Re: 放射線を浴びたX年後
先日福島県立美術館で、ベン・シャーンの作品に出会いました。寡聞にしてこれが所蔵されていることを知らず、第五福竜丸(ラッキー・ドラゴン)久保山愛吉像に心を打たれました。同時にまさに私の中で3.1ビキニ事件が風化しかかっていたのかとハッとしました。同時代人として「被爆国日本」の負うべき責務を原発災害とともに果たさなければならないと思います。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/04/06(Mon) 23:13 No.358
週刊歌津141

* 前号から少し時間が空いてしまいました。三月上旬に東北鉄道・BRTで旅をしてしばらくぶりで被災地を訪れる事が出来ました。震災以前の町の姿が大きく変貌し、巨大なパイプラインや動き回る超大型重機の光景を垣間見て、喪失と再生の大きさを改めて痛感しました。
東日本大震災・東電福島原発災害から5年目に入り、「被災地の再生復興」をとらえる目、捉える関心をもう一度点検して、高めていかなければならないと思いつつ、なかなか整理がつきません。どうしても社会一般の関心が弱まっていく一方、問題は実はこれからが正念場を迎えるなかで、ともかく気になる情報、気になる事象を自分なりの目線で追い続けながら考えていきたいと思います。

* この間、『復興の軌跡』http://utatu.netに5本投稿しました。復興事業の進展に心励まされる一方、のど元過ぎて熱さを忘れつつあるかのような政府の施策に懸念が強まります。コメントなどお寄せいただければ幸いです。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/04/06(Mon) 22:55 No.357 [返信]
「命と向き合う教室 被災地の15歳・1年の記録」を見て

 3月29日のNHKスペシャル「命と向き合う教室 被災地の15歳・1年の記録」を見ました。宮城県東松山市の鳴瀬未来中学校の3年生(この3月卒業)の1年間の保健の授業で‘命’について考えた取り組みが紹介されました。津波で家族を亡くした生徒たちも多く、まだ小学生だったときの体験を、その悲しみやさびしさを心の中にかかえこんで必死で生きてきていました。クラスメートにもなかなか心のうちをうちあけられませ
んでした。先生方は、生徒たちの本音を引き出し、お互い分かりあい支え合えるよう、1年間、授業をしてこられました。卒業していった3年生は少し成長して、希望を胸に一歩前に歩みはじめたのではないかと感じました。東松山市では、集団移転地の「あおい地区」の移転作業が進んでいるとのことです。住民が何度も何度も話し合って、これから住む「あおい地区」は自分たちが作る町だと取り組んでいらっしゃると聞いています。成瀬未来中学校に通う生徒たちも、大人たちの町づくりを今まで以上に関心をもって見つめることでしょう。遠く離れている私たちも、いろんな困難はあっても希望をもって、みんなで前へ進んでいこうというメッセージをもらったような気がしました。

[添付]: 0 bytes

昆布 2015/03/31(Tue) 05:49 No.356 [返信]
上関原発を建てさせない山口県民大集会に参加して

 3月21日、春分の日、山口県で上関原発を建てさせない県民大集会が開かれ、参加してきました。山口市内の維新公園に4000人が集い、福島からは武藤頼子さんをお呼びして、福島の現状をお話していただき、上関原発に反対している祝島の人たちは、今まで33年間の闘いと現在の生活、中国電力や県への要求など報告されました。赤ちゃん連れの若いお母さんから、お年寄りまで総勢70余名、バス1台と車4台でやってきたとのこと。みなさん、とても元気がよく明るくて・・。その粘り強い闘いに頭が下がります。沖縄では辺野古の新基地建設を県が阻止しようと頑張っていますが、山口県でもこの集会でのみんなの声が県に届き、原発は建てさせないと決断してくれたらどんなにいいかと思いました。

[添付]: 0 bytes

昆布 2015/03/25(Wed) 20:19 No.355 [返信]
週刊歌津140

被災から5回目の「3.11」を迎えました。時を隔てても、場所を離れても、「あの日」を自らの日常に埋め込んで、自覚しつつ日々を暮らしたいと願っています。

*11日を中心に慰霊や、復興をめぐるたくさんの報道があふれました。なかでも11日当日のフジテレビの3時間にわたる特集番組は、震災5年目に露わになってきた一つの方向性を示すものではないかといささか案じる思いがしました。番組案内を以下に転載します。
 
『あれから4年、報道特別番組は「原発」を考える。今年は原発が再稼働する可能性も…今だからこそ“私たちが原発と生きる"覚悟を問いかける。
番組内容
番組は廃炉作業の拠点でもあるJヴィレッジ内の特設スタジオから生放送。 政府主催の追悼式典を被災3県の表情とともに伝え、原発20キロ圏内の住民の暮らし、生産者を悩ます食材の風評被害、さらには廃炉作業を阻む汚染水の問題や放射性廃棄物の行方など…約3時間の番組は、これまで以上に広く深く、震災と原発を取材し視聴者に「原発」を考える材料を提示。 ▽ナゼ?白斑も…福島の動物に異変▽賠償金が生んだ格差 もらえる人もらえない人 ▽原発と甲状腺がんとの関係は ▽原発汚染水の問題を専門家と徹底解説 ▽旬なのに…3億円相当の海の幸が廃棄の危機』
どなたかご覧になりましたら感想などお聞かせ下さいませんか。

*『復興の軌跡』http://utatu.netには、原発汚染水問題と、五年の集中復興期間以降の財政支援問題などを投稿しました。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/03/12(Thu) 21:48 No.353 [返信]
3.11から4年 その2

 前号で被災地の医療の充実をねがうことをかきましたが、県を間違えてしまいました。子どもの医療窓口無料化の請願が県議会で全会一致で採択されたのは岩手県でした。さすがに岩手は医療先進県のように思えます。また、福島県では、昨年9月県議会が全会一致で国に要望していた、18歳以上の甲状腺検診にかかわり、がんやがんの疑いによる治療を希望する場合には、新年度から国が18歳を超えても医療費を無料にする方針が決まったとのことです。2011年3月11日に福島県内に住所を有していた当時18歳までの子どもに適用するそうで、住民たちの切実な願いが実ったそうです。国や県が医療にかかるお金を充分に援助して、人々の希望につなげてほしいと思います。

[添付]: 0 bytes

昆布 2015/03/04(Wed) 14:55 No.351 [返信]
Re: 3.11から4年 その2
被災地医療の充実は本当に重要だと思います。いまだに震災関連死が続いていますし、特に原発事故関連では、長期の医療体制の充実が必要です。これに関連して「福島民報」が、3.10付けで、掲載した記事の一部を引用します。


「東京電力福島第一原発事故に伴う甲状腺検査で、検査を担う医師らが不足している。県内7地域のうち、県南、南会津、相双で1次検査ができる医療機関はゼロ。県医師会などは、身近に検査を受けられる医療機関を増やすため、研修と認定試験を行っているが、開業医らにとって甲状腺検査は専門外で、試験に合格できないケースが多いためだ。県医師会などは研修回数を増やすなど対応に乗り出す。」http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2015/03/post_11658.html

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/03/12(Thu) 20:45 No.352
3・11から4年

 あの大震災・原発事故から4年が経ち、5年目が始まります。この間、当地の人たちは必死で生きてこられました。震災関連死は東北全体で3000人を超えているとのことです。生活面でも心の面でも苦しみが続いていることを表しています。最近、新聞に復興予算が未消化のままで使われていないということが出ていました。特に住宅再建が急務であるにもかかわらず、進んでいないと。さまざまな問題があって難しいことも分かります。だとしたら、そのお金をすぐ使える方に回すのはどうでしょうか?被災者生活再建支援金をもっと増やすとかできないものかと思います。被災3県でも各県の方針でどこにお金を使うか、違いが出ているようにも思います。岩手県では医療などの免除措置がすすんでいて医療だけは安心して受けられるというのが住民の声のようです。また、福島県でも、子どもの医療費窓口無料化の請願が県議会で全会一致で採択されたそうです(2014.12)宮城県でも医療に関する施策がもっと進んでほしいなと思います。3.11から4年が過ぎました。被災者がこれ以上つらい思いをしないで希望が持てるように、国や行政は出来ることは何でもしてほしいと強く思います。

[添付]: 0 bytes

昆布 2015/03/04(Wed) 08:07 No.350 [返信]
週刊歌津139

* いよいよ3月を迎えました。東日本大震災から5度目の3.11がまもなくやってきます。21世紀のこの日本に暮らしながら、2万人もの人が地震・津波の犠牲となり、何10億年もの将来にわたって人を脅かす原発災害を引き起こしてしまったという現実に遭遇するとは、正直のところ思いもよりませんでした。ことの重さを考えれば、あれから4年という年月はまさにはじめの小さな一歩です。2011.3.11という日から、この日本という国に生まれ、日本人としてそこに暮らすということの意味をどう考え自覚していくかが問われ続けているように思います。
* 『復興の軌跡』http://utatu.netには福島第一原発汚染水外洋垂れ流し問題と、被災地復興施策の今後についてをテーマに投稿しました。ご覧くださればうれしいです。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/03/02(Mon) 19:13 No.349 [返信]
週刊歌津138

*土日にかけて、仙台は春近しを思わせる穏やかな日和となりました。そろそろ南三陸町に出かけられる日も近そうです。今週は、防災庁舎保存問題をめぐる南三陸町住民の方のご意見をコメントとして投稿しました。JR山田線鉄路復旧をめぐる動向や、飯館村の太陽光発電所稼働の記事、その他の投稿を『復興の軌跡』http://utatu.netでご覧いただけますでしょうか。

*先日『美味しんぼ111』福島の真実?Aを入手しました。「ビッグコミックス」掲載時に批判された鼻血問題の部分は、収録全13話中の1話のごく一部に、福島第一原発内部を見学した主人公のエピソードとして「外部被ばくによるものではない」鼻からの出血として描かれたもので、福島県知事があえて抗議するようなものとは思えません。『福島の真実』?Aは、全巻にわたって、よく取材された有益な内容との感想で読み終えました。とりわけ、文科省が小学校、中学校向けに放射線副読本として配布している新旧の冊子の存在と、その内容に驚いて今少し勉強しているところです。地震・津波被災、原発災害についてこの4年間膨大な著作、資料が公刊されてきていますが、特に子どもたちにな何をどう伝え、残すかが大事なのではないでしょうか。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/02/23(Mon) 22:02 No.347 [返信]
Re: 週刊歌津138
文字化けしました。『福島の真実』マル2が、表記できません。お許しください。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/02/23(Mon) 22:09 No.348
歌津ワカメ刈り取り体験

週刊歌津137の歌津ワカメ刈り取り体験について、詳細は南三陸観光協会HP http://www.m-kankou.jp/archives/15434/をご覧ください

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/02/17(Tue) 12:24 No.346 [返信]
週刊歌津137

今週新たに『復興の軌跡』http://utatu.netに4本投稿しました。南三陸防災庁舎遺構保存問題はいろいろな思惑的な事柄が透けて見えるのがきがかりです。気仙沼線鉄路復旧は、山田線以上に難しい問題があるとは思いますが、もう一度乗りたい思いは募ります。原発関連で、脱原発の知恵と力をつけたいと切実に思います。山形の試みにも期待しています。また、震災4年を経て、震災復興施策がどんどんかすんでいっています。4年たっても困難な暮らしを強いられている被災地の状況を見過ごしてはならないと思います。

おいしい歌津ワカメの刈り取り体験のl知らせです

3月8日より4月26日までの約2か月間のみ、毎週日曜日(計8回)開催予定となります。
参加したい日程の1週間前までにお申し込みください。

今年ももちろん体験に参加された方にはもれなく特典付き♪

三陸ワカメは他のワカメとどう違いなぜ美味しいのか、実際に養殖を営む漁師さん自らが講師となりその魅力を伝えます。

一年の中でこの期間のみにしかできない体験の中で、実際に見て、触って、食べて・・・
三陸の豊かな海を満喫できる内容になっており、普段接する機会の少ない漁師さんとの交流も売りの一つです。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/02/17(Tue) 12:19 No.345 [返信]
福島の子どもたちの成長、その2

 前号で飯舘村も村長さんの名前を間違えて書いてしまいました。菅野町長さんでした。訂正してお詫びします。町長さんのご苦労も大変だろうとお察ししています。全村避難して4年近く、村人の生活も意識も以前とは変わっていく中で、「みらい議会」を開いて子どもたちの要求をくみ取っていらっしゃいます。昨年の「みらい議会」で提案された「道の駅」構想は昨年6月策定の村の復興計画第4版に新たに盛り込まれたそうです。大人たちはこの子どもたちに希望を見い出していると思います。

[添付]: 0 bytes

昆布 2015/02/08(Sun) 09:34 No.342 [返信]
Re: 福島の子どもたちの成長、その2
本当に4年という歳月は大きいですね。震災直後の戸倉中卒業式で、涙を振り払いながら答辞を読んでいた卒業生も高校を終えて大学生あるいは社会人として育っていることに深い感慨を覚えます。若い人々が、苦難のなかで得難い経験や、学びを積み重ね、大人を根底をから揺るがすような復興の力になってくれること祈らずにはおれません。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/02/09(Mon) 12:07 No.344
週刊歌津136

* 仙台市で3月にある国連防災世界会議のプレイベント「減災こども国際フォーラム」(東北大災害科学国際研究所など主催)が1月31日、青葉区の東北大カタールサイエンスキャンパスで開かれました。東日本大震災後、気仙沼市で「ファイト新聞」の編集に携わった気仙沼中1年の小山里子さんが当時の経験を報告。「避難所での新聞作りを通し、周囲に笑顔が生まれ始めた。震災で学んだことを次の世代につないでいきたい」と話しました。続いて、岩手、宮城、福島の被災3県と関西や伊豆大島、ハワイ、タイの小学5、6年生計25人が4カ所でグループ討議を開始。新たな防災・減災社会システムを構築するため、子ども自身ができること、大人への要望などを話し合ました。河北新報2015年02月02日

*南三陸町の住民有志が町外の人たちを招いて語り合うセミナーを企画。初回は1日まで2日間の日程で、首都圏などから参加した約20人は東日本大震災からの復興支援の在り方や災害時の対応について住民と話し合いました。企画は「南三陸町を見て食べて語ろう」をテーマに設定し、町内の視察や魚介類、農産物といった地元食材を楽しむ食事、意見交換「語り合う」を組みました。志津川地区にある特別養護老人ホーム「いこいの海・あらと」では災害弱者をどう守るかについて、参加者が住民と議論。「発生時の避難では共助に勝る公助はない」と地域のつながりを重要視する意見が多くだされました。「首都圏ではコミュニティーづくりは非常に難しい」との指摘もあり、対策としては保護を必要とする災害弱者が自らの情報を伝達できる仕組みをつくること、要介護者の情報を持つ医療・福祉施設が支援に関われるようにすることが挙がりました。ばらばらに逃げる「津波てんでんこ」のような避難指針を各地の実情に合うように作成すべきだとの主張もありました。参加者は町内の復興状況や工房なども見て回り、南三陸の現状を確認しました。
 主催者代表で同町で医療支援を続ける医師の中村幸夫さん(67)は「ただの観光ではなく、南三陸に関心のある町外の人に、住民と交流して自分に何ができるか考えてもらう機会をつくりたかった。継続して開催したい」と話しました。河北新報2015年02月06日

* 南三陸町社会福祉協議会のHPが独立し、ボランティアセンターの活動や、被災地復興支援に関するリアルタイムの情報を得ることができます。 http://www.minamisanriku-syakyo.or.jp/pr/index.html
にアクセスしてみて下さい。1月15日発行のNO.31では、歌津地区の泊浜、韮浜、寄木地区などの高台造成団地の工事が今春の混成を目指して急ピッチでいる様子が写真入りで報じられています。、

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/02/09(Mon) 11:51 No.343 [返信]
福島の子どもたちの成長

原発事故から4年近く過ぎました。当時の子どもたちもあれから4年の歳月、多くのことを学びながら成長していることでしょう。小学校6年生だった子どもたちは中学3年生、中学校で学んだ英語の力も借りて、広野中3年生14人は昨年アメリカのカリフォルニア州で、ホームステイしながらいろいろ見聞を広めたそうです。(いろんな団体の支援を受けて無償で)自分たちの住む広野町はどんなふうに復興していくのか、どう変わっていくのか、という思いを強くしたそうです。(朝日新聞GLOBE 1/18)全村避難している飯舘村では、村が仮役場を置く飯野町の議場で、2月6日、川俣町にある仮設校舎で学ぶ3つの小学校の6年生36人が「みらい議会」を開きました。子どもたちが議長・議員を務め、飯舘村の未来について具体的な提案をし、館野町長が答えるというものだったそうです。‘自転車競技ツール・ド・飯舘’の開催プランなどそれぞれ子どもらしい提案が続いたそうで、町長も子どもたちが村のことを真剣に考えていることに感心し‘飯舘村を大好きになってくれる人を増やしましょう’と答えたそうです。この「みらい議会」は昨年に続き2回目だそうです。(赤旗、2/6)この子たちも原発事故の時はまだ小学2,3年生っだったんですね。こうして福島の子どもたちが、自分たちの住んでいるところを好きになるということがとても貴重なことに思えます。この子どもたちの希望や夢がかなえられるよう、大人や行政がしっかり支えていかなければと思います。

[添付]: 0 bytes

昆布 2015/02/07(Sat) 16:04 No.341 [返信]
週刊歌津136

『歌津復興の軌跡』http://utatu.net/は、まだ不慣れで試運転中のような状態ですが、この一週間の注目記事を5本掲載してみました。「コメント」欄が付いていますので、皆様のご意見、ご感想、関連資料などお寄せいただけると嬉しいです。被災後4年も経ってくると被災地やその周辺と、首都圏、西日本などとはどうしても関心に温度差が大きくなるように思います。マスコミの取り扱いかたなども含めて情報の相互交流などもできたらいいですね。どうぞよろしくお願いいたします。
以下に、『歌津復興の軌跡』に掲載した記事に関する思いを少々書かせていただきます。

*先週以来、震災遺構をめぐり南三陸町防災庁舎がしばしば取りざたされています。住民にも新たな動きがあり、明日は知事が町長と直接話し合いを持つことになっています。「記憶の風化」に抗し、震災体験・教訓を後世に活かし続けるために何をなすべきか、広く深く考えたいものです。
*志津川の新橋プラン。4年がたとうとしているのに、仮設暮らしの方々の住居建設は遅々として進んでいません。住まいと仕事を地道に復興させることに行政の力をもっと期待します。
*原発事故は、時間がたてばたつほど、本当に取り返しのつかないことをしてしまったという思いが募ります。「終息した」だの、「コントロール下にある」だの、250キロ離れたところにいるからといって現実を見ないで、絵空事を言ってはばからない人々の無責任体制の中で進行している深刻な状況から断じて目をそらせてはならないと思います。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/01/27(Tue) 21:47 No.340 [返信]
平成の森仮設住宅のみなさん、お元気ですか

 一昨年(2013年)、10月末、南三陸町を友人の案内で訪ねました。歌津の「みなさん館」にも平成の森仮設住宅にも立ち寄りました。平成の森仮設住宅は230戸、600人ぐらい住んでいらっしゃるということでした。‘アヅマーレ’というお茶のみ・寄り合いの場所もビニールでテント風に作られていて、みなさんが励ましあって生活をしていらっしゃるようすも垣間見ました。3・11から4年近く、みなさん、お元気でいらっしゃいましたか?昨年暮れ「みなさん館」から届いたお便りに‘町では、高台移転のための整地工事がスタートし、仮設住宅からの移転を徐々ににすすめているところです。最終移転まであとまだ3年はかかります’とありました。4年近くの仮設暮らしで人々の絆も強まり、コミュニティもできていることでしょう。それが壊されることなく、今までの苦労が少しでも実る方向で、事が進んでいきますようにと願っています。今日は大寒です。平成の森の仮設住宅のみなさん、「みなさん館」のみなさん、風邪などひかれませんように、どうかお元気でお過ごしください。

[添付]: 0 bytes

昆布 2015/01/20(Tue) 16:58 No.339 [返信]
歌津復興の軌跡』http://utatu.net/をどうぞよろしく

『週刊歌津』と『歌津復興の軌跡』をどのように使い分けて全体の充実を図ったらよいかを試行錯誤中です。新しいホームページのほうは、テーマをカテゴー別に分類したり、画像を載せたり出来るので、皆様からのコメントなどをお寄せいただくのに便利かななどと思案中です。ページはまだ試運転中の状態ですが、一度トップページを開いていただき、もし関心を持っていただけるようでしたら「登録」ボタンで登録して、コメント記事などをお寄せいただければ大変うれしく存じます。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/01/20(Tue) 15:04 No.338 [返信]
週刊歌津135

* 南三陸町防災対策庁舎の県有化をめぐり、村井嘉浩知事は13日の定例記者会見で、昨年12月まで議論を続けた県震災遺構有識者会議から、報告書を提出されたことを明らかにしました。村井知事は「(庁舎の保存の在り方に関しては)町長と会い、私の考えをしっかり伝えたい。事前に誰かに話すことはない」と述べました。
 有識者会議は8日に報告書を提出。防災庁舎について「保存する価値がある」との総合評価を示し、「遺族の心情にも配慮し、時間をかけて考えることも検討する必要がある。町だけに対応を委ねるのは負担が大きく、県など第三者の関与も検討すべきだ」との意見を付けています。村井知事は「私の考えは次第に固まってきているが、内容は佐藤仁町長に会ったときに話す」と説明し、会談の日程をめぐっては「今月中という指示を(事務方に)出している」と話しました。河北新報2015年1月14日
*南三陸町防災対策庁舎の県有化をめぐり、村井嘉浩知事と佐藤仁町長が28日、町内で会談することになりました。村井知事は県震災遺構有識者会議の意見も踏まえ、2031年までの県有化を提案するとみられます。佐藤町長は先に解体の方針を固めていたが、協議には応じる意向を示しています。村井知事は会談で、施設管理にとどまらず遺族の心のケア、住民合意に最大限留意する旨を伝えるとのことです。
 昨年12月まで議論を重ねた有識者会議は最終報告で、防災庁舎を「保存する価値がある」と結論付ける一方で、保存か解体かの議論には時間をかけるよう求めました。
 県は、震災発生から20年に当たる31年3月10日までの県有化を検討。広島市の原爆ドームが終戦から21年の1966年に市の保存方針が最終決定したことも参考に、一定の猶予期間が必要との判断に至ったものです。河北新報2015年
01月16日

*復興庁は16日、宮城県南三陸町伊里前地区の中心市街地整備事業が復興交付金効果促進事業の一括配分の対象に決まったことを明らかにしました。遅れていた同地区の整備計画の事業化が決まり、町は近くがれき撤去に着手し、今春からかさ上げを始めます。事業費は2億9300万円。三陸沿岸道路の整備で生じた残土を活用して土地をかさ上げし、商業施設や漁協施設の用地に充て、道路や広場なども含めた基盤整備を2015年度内に終え、16年度から施設建設に入る計画です。河北新報2015年01月17日

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/01/19(Mon) 17:49 No.337 [返信]
週刊歌津134

* 震災遺構として保存の是非が議論されている南三陸町防災対策庁舎の県有化を、県が検討していることについて、佐藤仁町長は5日、「村井嘉浩知事から話し合いたいという打診があれば、拒否することはない」と述べ、庁舎の県有化をめぐる協議自体は拒まない考えを明らかにしました。
 佐藤町長は町総合体育館であった仕事始め式の後、報道各社の取材に応じ「県から情報は全くない」と説明。その上で「どのタイミングで町に話を持ってくるのか、県から打診があると思う。知事の話はしっかりと聞かせていただく」と述べました。
 庁舎の県有化を県が検討する背景には、町の負担軽減を図るとともに、時間をかけて保存の是非を判断しようという思いがあるとみられます。県有化の評価を問われた佐藤町長は「知事がどういう話をするのか聞いてから、皆さんにお話したい。今の段階では町が能動的に動くことではない」と語りました。河北新報2015年01月06日

* 福島第1原発事故で発生した放射性物質を含む指定廃棄物について、望月義夫環境相は7日、「発生県で最終処分するという考えに変わりはない」と強調し、政府の基本方針通りに処理計画を進める意向をあらためて示しました。
 望月氏は「福島の皆さんにこれ以上負担をかけるわけにはいかない。福島に廃棄物を持ってくることは考えていない」と述べました。また佐藤勇栗原市長は7日の定例記者会見で、福島第1原発事故で発生した放射性物質を含む指定廃棄物を県外で処理する意見について「あり得ない話だと思う」と述べ、現実的ではないとの認識を示しました。県外処理を主張する県議らが福島への集約を念頭に置いていることを踏まえ「福島の人たちが許すか。私が福島県民だったら怒る。原発の受益者は東京など関東の人たち。こっち(東北)は被害者だ」と強調。村井宮城県知事は、県外集約の選択肢を検討するよう国に要求し、県議会会派「自民党・県民会議」の有志が旗揚げした「考える会」は、指定廃棄物を各県内で処理すると定めた国の基本方針の見直しを求めています。河北新報2015年01月08日

* 福島県原子力専門員の高坂潔氏(68)は、今後の廃炉作業に向けた課題を次のように述べています。
 ―がれき撤去や燃料取り出しなど、放射線量が高い1〜3号機での作業がさらに困難を増すことについて。
 「原子炉内の溶融燃料の状況は分かっておらず、人が近づけないためクレーンなどの作業は遠隔操作となる。作業員の習熟度をいかに高められるかが課題だ。4号機では遮蔽(しゃへい)板を設置するなどして作業員の被ばく低減に成果を得たが、今後は除染をしても線量が落ちにくい場所での作業となる。しっかり段取りを立てて作業する必要がある」
 ―燃料取り出しや廃炉工程が遅れる可能性について。
 「工程ありきでなく、追加除染や放射線の遮蔽対策などを検討し、作業員の安全確保を最優先に進めてほしい。多核種除去設備(ALPS)の処理水が配管から漏れた問題では工程を優先したばかりに、工事と運転作業を並行して行ったことが手順の誤りにつながった。東電は新たな問題が発生すれば、工程がさらに遅れると肝に銘じるべきだ」。2015年1月11日福島民友ニュース

* 南三陸町震災ボランティアセンターの継続について

先日、河北新報に「災害ボランティアセンター今年度で閉鎖」という記事が掲載され、「週刊歌津」でもこれを引用しましたが、以下のように訂正いたします。
記事の趣旨は、「区画整理のため、現在使用している災害ボランティアセンターの大テントを今年度いっぱいで撤去する」ことが決まったというものです。
来年度以降も、ボランティアセンターは継続いたします。 来年度以降の活動内容に関しましては、方針等が決まりましたら、「南三陸町社会福祉協議会」のホームページにてお知らせいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。
http://www.minamisanriku-syakyo.or.jp/info/index.html

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/01/14(Wed) 14:10 No.336 [返信]
希望を探しつづけて

 ‘週刊歌津’に期待をこめて、新年の挨拶を送ります。あけましておめでとうございます。昨夕は宮城県沖で地震があって、南三陸町は震度3だったと報じられました。雪の中の仮設住宅で地震に不安を感じられた方も多かったことでしょう。みなさんの心中に思いを馳せています。
 3.11から4年目となり、今年こそは復興への取り組みが一段と強められなければなりません。住宅建設、まちづくり、産業の育成、そして教育、医療、福祉などに十分な予算がつきますようにと願っています。どの分野でも、住民の意見を十分にくみ取り、希望につながる施策になるよう、みんなで声をあげていきたいです。原発問題も課題が山積みです。原発ゼロにむけて、全国各地で再生可能エネルギーの普及が広まっていて、とても希望がわいてきます。また、ブログ「歌津復興の軌跡」も始まるとのことです。楽しみです。今年もみなさんと力を合わせて希望を探しながらすすんでいきたいと思います。

[添付]: 0 bytes

昆布 2015/01/08(Thu) 16:47 No.335 [返信]
週刊歌津133

謹んで新春のおよろこびを申しあげます。
2011年3月11日から年を数えてやがて4年がたとうとしています。気仙沼の美しい初日の出の映像をTVでながめながら、「明日を信じて今日を積み重ねる」という言葉を被災地の方々と共に、被災地の隣人としてかみしめたいと思います。「週刊歌津」もおかげさまで今回で133号を刻むことができました。「忘れないでほしい」と被災当時歌津の友人に告げられた言葉をきっかけに、「忘れない」ためにどうしたらよいかを思い惑いながら、ただ書き連ねてきましたが、これからがまさに正念場と気持ちを新たにしています。資料メモにとどまらず、ここに参加して下さる方々と共に「忘れないための思考」を育てていきたいとの思いから、友人のお力添えでもう一つ『歌津復興の軌跡』http://utatu.net/というブログを準備中です。まだ表紙のページのみで中身はできていませんが、こちらのほうものぞいていただければ大変うれしいです。「阪神淡路大震災」から今年で20年。阪神と東北、20年と4年という時空の隔たりを改めて思い返しつつ「災害列島日本」に生きることの意味を考えていきたいと思います。

* 東日本大震災で家族を失った遺族が、悲しみや苦悩を語り合うフォーラムが昨年12月20日、仙台市青葉区のエル・ソーラ仙台で開かれました。津波で家族を失った遺族4人のパネルディスカッションがあり、石巻市大川小の津波災害で次女を亡くした父親は「大切な子どもがなぜ命を失ったかの理由が知りたい。小さな命の意味付けをするのは私たちの役目」と強調。七十七銀行女川支店(宮城県女川町)の津波被害で長男を亡くした母親は「行員の命を預かる企業として間違いはなかったのか。真剣に向き合ってほしい」と訴え、気仙沼市で母親を亡くした息子は、被災地で建設計画が進む防潮堤に触れ「間違いが認められたり、誤った選択をしてしまったりした場合、やり直しできるような計画作りが求められる」と語りました。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20141222_09.html

* 東日本大震災を後世に伝える遺構として、保存の是非が議論されている南三陸町防災対策庁舎の県有化をめぐり、村井知事は1月5日の定例記者会見で「一つの有力な選択肢」と述べ、検討を進めていることを明らかにしました。村井知事は、昨年12月まで議論を続けた県震災遺構有識者会議から近く提出される報告書を踏まえ、県としての考え方を最終決定します。2013年に解体方針を決定した南三陸町長に配慮し「町の方針を覆すのであれば、直接お伝えするのが筋だ」と説明。今月中に会談し、県有化の方針を打診する見通しを示しました。県有化によって猶予期間を設ける背景には、被災した直後は保存か解体かで議論が分かれた世界遺産の原爆ドーム(広島市)が、後に保存されるに至った経緯があるとみられます。ドームは原爆投下の1945年から21年後の66年、広島市議会が「原爆ドーム保存を要望する決議」を可決。同市はこれを受け、保存にかじを切りました。昨年12月まで議論を重ねた県震災遺構有識者会議は、防災庁舎を「世界的に最も知名度が高い東日本大震災の遺構」などとして「保存する価値がある」との総合評価を示す一方、有識者会議は住民の意見が二分している現状を考慮し、時間をかけて保存の是非を判断する必要性も指摘しています。南三陸町長が13年9月に解体を表明している経緯も踏まえ、委員からは「時間をかける場合でも、町の苦労を長引かせてはならない」「県など第三者が関与すべきだ」との意見が出ています。http://www.kahoku.co.jp/special/spe1062/20150101_01.html

南三陸防災対策庁舎の遺構保存をめぐる経緯は、なかなか理解しにくいものです。すでに何度か「週刊歌津」でもとりあげてきましたが、町は議会の議決を経て、取り壊し方針を決定し、取り壊し費用を町が負担しないで済む期限ぎりぎりに慰霊祭を行い県に取り壊し工事を依頼していました。上記の動きはその後新たに生じたものです。この間、解体か否かをめぐる決定は、直接関係する遺族があつまっておもいを直接話し合いそれらを受け止め協議する機会が一度も持たれぬままに推移しました。町長は遺族感情が複雑でそういうことが行えないと判断したということですが、最もつらい思いを抱えている遺族を素通りした形で、町長、県知事、有識者会議が「世界的に最も知名度が高い」などの評価を押しつけることには納得いきません。
遺構を県の所有に移管して「原爆ドーム」に倣って20年間最終決定を先延ばしするという案のようですが、大事なポイントが欠落しているのではないでしょうか。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2015/01/06(Tue) 15:43 No.334 [返信]
‘限界集落’という言葉

「それでもここで生きる 山古志 復興の10年」(12/20(土)NHKETV特集)を見ました。10年前の中越地震である集落が全滅するが、地震から2年後から帰村がはじまり全員帰れたのは3年後だったが、帰れた人は7割だった。そして全滅した集落を見に来る人たちのために、崩れた家屋を初め集落をそのまま残して復興の取り組みを始めた。山里と都市の連携ということで、山古志準区民になってもらう人を募り「ふるさと会」をたちあげ、定期的に訪れてくる人を増やしていった。(農作業、神社の掃除、お祭り、闘牛(牛の角突き)などの伝統行事への参加などなど)また、アルパカを育てる牧場を始めて、アルパカの製品や手芸品、アルパカの糞を肥料にした米作りと新しい産業も始めた。山古志に住みたいとやってくる人もいるけど、人口は少しずつ減っている。それでも棚田も美しい山古志の自然の中で生活をしたいという人たちがいる。番組は、復興はリゾート開発や産業誘致に頼るのではなく、そこに住みたい人たちが知恵を出しあい暮らしを成り立たせ笑顔で日々が送れることこそいちばん大事だということを訴えていたように思います。山古志の住民は「‘限界集落’なんて言ってほしくない」とおしゃっていました。そうだと私も思います。自然災害によらずとも、日本全国いたるところで人口減少がすすんでいます。‘限界集落’なんて切って捨てるようなことを言わないで、どうやって地方の再生をすすめるのか、みんなで考えていきたいです。
 今年も「週刊歌津」を読みながら、多くのことを学ぶことができました。感謝です。ありがとうございました。歌津の人々の幸せを祈りながら、新年を迎えたいと思います。

[添付]: 0 bytes

昆布 2014/12/24(Wed) 18:10 No.332 [返信]
週刊歌津132

* 「震災遺構として、ぜひ保存すべきだ」。宮城県の有識者会議が18日、全会一致でそう判断した南三陸町の防災対策庁舎。来年1月には村井嘉浩知事が県の考えを示す見通し。知事の判断次第では、昨年9月にいったん解体を決めた町が、再び重い選択を迫られることになります。南三陸町の佐藤仁町長は同日夕、町役場で報道各社から有識者会議の結論を知らされ、「会議から町に報告はない。コメントのしようがない」と繰り返しました。町議会12月定例会で町長は、庁舎解体を判断した理由は(1)保存経費の財政負担(2)現地保存による復興工事への影響−の2点だと強調。「じゃあ問題が解決すれば保存するのか」。解体を求める住民は、町長の姿勢が微妙に変化しているのではないかと気をもみ、遺族感情を理由に含めない点も、懸念を増す要因になっています。有識者会議の結論に一部の遺族は反発を強めています。「解体を望む遺族会」が先月発足。最終会合前に、前回の会合で庁舎保存の方向性を打ち出した有識者会議に抗議の声明書を提出しました。遺族会の阿部勝衛代表は「有識者会議は遺族の意見を一度も聞いていない。庁舎を見るのもつらい遺族の気持ちを分かっていない」と憤りをしめしています。河北新報2014年12月19日

* 飲食業などの観光関連産業を対象に、最長で5年間、税金が優遇される国の「観光特区」に南三陸町が認定され、22日認定書が町に交付されました。 交付式では、復興庁宮城復興局の担当者から南三陸町の町長に認定書が手渡されました。 町では、震災で大きな打撃を受けた観光業を再生し、交流人口を拡大させることで雇用の増加にも繋げようと12月3日、国に観光復興特区を申請していました。 特区に認定されたのは、志津川、歌津、入谷、戸倉の4地区、合わせて360ヘクタールで、小売業や飲食業といった観光関連産業などを対象に、最長で5年間、税金が優遇されるなどの措置が取られます。 宮城復興局によると、県内で観光特区の認定は、塩釜市と石巻市、気仙沼市に次いで4か所目となります。 2014 年 12 月 23 日 12:10http://skip.tbc-sendai.co.jp/01news_2/20141223_22447.htm

* 岩手県と沿岸12市町村、三陸鉄道は24日、東日本大震災で被災し運休中のJR山田線宮古−釜石間(55・4キロ)に関する第3回の沿岸市町村首長会議を盛岡市内で開きます。JR東日本が移管協力金30億円の負担などを提示している三鉄への運営移管案について、市町村の意向を確認し、受け入れを決定する方向。地元合意を受けて県は年内にもJRに決定を伝えるとみられます。24日の会議で合意に至った場合、県は速やかにJRに対し受け入れ方針を伝えるとみられ、順調に進めば、同社は運営移管の正式表明を経て、震災から4年を迎える来年3月にも復旧に着手することが見込まれます。岩手日報12.20

* 政府は28日で東京電力福島第1原発事故に伴う南相馬市の特定避難勧奨地点(142地点、152世帯)の指定を解除することを、21日、同市の指定世帯を対象に住民説明会を開いて伝えました。県内の特定避難勧奨地点は最初の指定から約3年6カ月を経て全て解除されることになります。
 政府の原子力災害現地対策本部長の高木陽介経済産業副大臣は説明会で「市の除染で指定世帯の放射線量が低下し、現状では健康影響が考えにくい」と説明。「その事実を発信することで本県の復興を印象づけ、風評を払拭(ふっしょく)する一助にもなる」として、解除の決定を伝えました。政府が解除日の決定を伝えた後の質疑応答では、住民から「誰も納得していない」「自宅の線量は依然高いままだ」など批判が集中。原町区大谷の男性は「自宅は除染が終わっていない農地に囲まれている。子どもが戻ってきても外に出すのは不安」と声を荒らげ、別の男性は「個々で事情は異なる。解除に納得した世帯から順次解除すればいい」、原町区大原の女性は「(原発20キロ圏内の)小高区より線量が高いのに、賠償では大きな差がある」と不満をぶつけました。(2014年12月22日 福島民友ニュース)

 ++++++++++++++++++++++++++

11.3.11から4度目の師走を迎えました。大層な税金を使って総選挙が行われましたが宮城県では半分の有権者が棄権しました。大震災が甚大な犠牲と癒されることのない辛苦を以て問いかけた根源的な問題は、選挙の争点として明示されることも提起されることもなく、ナントカミクスのノーテンキな呪文ではさすがに政治への期待を持ちようもないと思ってしまいます。それでも諦めずに新しい年を紡いでいきたいと願っています。
 「人は、人によって救われます。それは、絆という言葉で表現されます。絆は、人が人であることを自覚し、今生きていることを感謝するための祈りの言葉だと思うのです。」(東田直樹)
 この一年ありがとうございました。皆様どうぞよいお年を。

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2014/12/23(Tue) 22:59 No.331 [返信]
週刊歌津131

昆布さんから「大川小学校の悲劇」のタイトルで投稿をいただきました。3.11の震災津波でたくさんの子どもたちも犠牲になり、提訴を含む様々な取り組みによって、犠牲を生んでしまった真相を解明し、悲劇を二度と繰り返さないための教訓を得ようとする努力が今も続けられています。石巻市立大川小学校では、全校108名の児童のうち74名と10名の先生が犠牲になり、遺族の方々の悲しみや苦しみは想像を絶します。
*進行中の裁判についての記事を引用します。
[東日本大震災の津波で石巻市大川小の児童と教職員計84人が死亡・行方不明になり、児童23人の19遺族が石巻市と宮城県に23億円の損害賠償を求めた訴訟の口頭弁論が9日、仙台地裁であった。遺族側は当日学校にいて生き残った男性教員ら3人の証人尋問を申請し、被災現場の検証を実施するよう求めた。
 教員以外の証人は当時の校長と市教委の指導主事で、遺族側は児童が津波にのまれた状況や、被災後に取った行動などを3人に尋ねる予定。検証では、裏山や周辺の地形を裁判官に視察してもらうという。
 市側は、裏山に避難できたとの遺族側の主張に対し「裏山は急な坂で避難するのは危険で、教員として選択はできなかった」と指摘。遺族側は、津波の到達を事前に予測できなかったとする市側主張について、「教員らは津波の際の避難経路を震災前に話し合っており、大川小に津波が到達することを予測していた」と述べた。河北新報2014年12月10日]

大川小学校の悲劇に対比されるのが石巻市立門脇小学校の事例です。ここは津波火災で全焼の被害を受けたものの学校にいた子どもたちは全員校長先生の誘導の下、無事に裏山に避難できました。この経験は『「3月11日を生きて」〜石巻・門脇小学校・人びと・ことば〜』という長編ドキュメンタリー映画にまとめられており宮城県はもとより全国で上映会が行われました。余談になりますが、石巻の被災者の方とお話しする機会がありこのことに触れると、「子どもは助かったんだが、門小は、避難所に指定されていて校庭は避難してきた車でいっぱいのところをやられてしまったんですよ」とのこと。絶句しました。

* 今月3日には同じく石巻で、園バスで帰宅中に犠牲になった幼稚園児をめぐる訴訟の和解が成立し、園が責任を認めて遺族に謝罪し保障を行うことになりました。関連の報道です。
[東日本大震災の津波で送迎バスが流され、私立日和幼稚園(石巻市、休園中)に通う子どもを亡くした遺族が12日、文部科学省を訪れ、教育機関の防災マニュアル作成に行政が積極的に関与することなどを求める要望書案を提出した。遺族は損害賠償訴訟の和解が成立した際、裁判長が示した「被災園児らの犠牲が教訓として長く記憶にとどめられるべきだ」との言葉を紹介し、要望書案では、避難訓練の実施をチェックする体制の確立など4項目の再発防止策を要望した。河北新報2014年12月13日]


* 福島第1原発事故で発生した指定廃棄物の最終処分場建設をめぐり、宮城県内の候補地の一つ、加美町が町議会12月定例会に提出した候補地の田代岳周辺の水源保全条例案が12日、賛成多数で可決されました。県内3候補地の中から最終候補地になった際、建設を認めない対抗策とするためです。条例によると、町が指定した水資源保全地域内で水源を汚染する可能性がある開発行為に対し、町への許可申請を義務付け、許可なく事業を行う場合、町長は中止を命じることができるとしています。許可の基準は住民の健康、生活に支障を来さず、水質確保を阻害しないことなど。保全地域の指定範囲は、県が2010年に田代岳周辺で指定した水道水源特定保全地域をはじめ町内の計約137平方キロに及びます。河北新報2014年12月13日

[添付]: 0 bytes

ゴジュウカラ 2014/12/15(Mon) 22:56 No.330 [返信]
大川小学校の悲劇

NHKスペシャル「大川小学校 遺族たちの3年8カ月」(11
/28)を見ました。遺族にとってどんなにつらい3年8カ月であったか、そして、これからもその悲しみを背負い続けていかなければならないことに思いをはせました。教育委員会や学校側の説明にどうしても納得いかない遺族たちの中には、裁判に訴えてでも当時の状況を知りたいということでした。大切な子どもを亡くして、今は出会う子どもたちがみんな命に見えるという方もいらっしゃいました。そして、最後は大川小学校のプールが瓦礫の山になっているのを、裁判に訴えた遺族もそうでない遺族も一緒にきれいに片づける場面でした。このプールで子どもたちが楽しく泳いだことを思い描きながらの作業だったと思います。子どもをいとおしむ気持ちが痛いほど伝わってきました。また、12/7(?)の朝日新聞には大川小の卒業生6人が東京都内で開かれたシンポジウムで被災した校舎の保存を訴えたとありました。「思い出の校舎がなくなるのは大川っ子として黙っていられない。見るだけで学べる場所にしたい」「なぜ、命が守れなかったのか。忘れないためにも校舎を残して」と。卒業生も悲しみを胸に秘め、けなげに訴えているんですね。大人たちには、大川小学校の悲劇をくりかえさないために、どんなに困難でも話し合いの努力を惜しまず合意を見いだしていくことが課せられているような気がします。

[添付]: 0 bytes

昆布 2014/12/15(Mon) 16:42 No.329 [返信]
処理 記事No 暗証キー

- JoyfulNote -